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2012.04.10

イスラエル博物館の死海写本、イスラエル鉄道でテルアビブへ

イスラエル博物館へ。周辺はエルサレム新市街の静かで緑の多いエリアで、近くにはクネセットと呼ばれる国会議事堂などがあります。

http://www.english.imjnet.org.il/

目的は、何といっても死海写本。博物館の要であり、壺のような不思議な形状をした専用館に展示されています。なんとも芸術的で厳かな雰囲気の展示館には、死海写本の数々のページの他、一緒に発掘された陶器等の史料も納められています。死海写本は、紀元前後に書かれた約850巻にも渡る世界最古の聖典の写本。現在のキリスト教の聖書とは異なる記述があり、またしばらく一部文書がなかなか公表されなかったこともあって、何かバチカンが恐れるようなこと、あるいは世界を揺るがすようなことが記述されているんじゃないかとオカルト的な噂が起きたことも。僕がすぐ連想したのは、新世紀エヴァンゲリオン(笑)。死海文書って出てきましたよね。エヴァンゲリオンは「福音」という意味で、聖書をモチーフにした設定が多いですものね。

イスラエル博物館の死海写本館
▲イスラエル博物館の死海写本館。外壁には、常に噴水がかかっている。(エルサレム)

写本自体は主にヘブライ語で書かれており、博物館では英語でも解説が添えられています。英語解説もほとんど何書いてあるのかは分かりませんが(苦笑)、主にイザヤ書など旧約聖書に共通するような文書と、発見されたクムラン近辺の伝統的なユダヤ教の文書があるようです。戦後1947~1951年に死海沿岸の7つの洞窟に隠されているのを発見したということですが、2,000年前のものとは思えない保存状態で、修復はしているのでしょうが、くっきり字を読むことが出来るというのは、凄いことです。ちなみに、近年ネットでの文書の公開も進んでいます。

http://dss.collections.imj.org.il/

博物館ではその他、ユダヤの生活、民族、宗教に関する展示、美術棟や考古学棟もあります。1/50スケールだという巨大なエルサレムの模型や、ユダヤ伝統の衣装を一人の人間の誕生から葬式までの時系列で展示してあったのが興味深かったです。現代美術展やエジプト考古学の展示などもありました。

第2神殿時代のエルサレム模型
▲巨大なエルサレム模型。紀元前500年~紀元後70年の第2神殿時代のエルサレムを1/50で再現。(エルサレム、イスラエル博物館)

博物館を出たのが14時前、このまま旧市街方面に帰るのも面白くないかなということで、イスラエル鉄道に乗ってみたかったことを思い出し、エルサレム・マルハ駅へ向かいます。多くのクルマが行き交う歩行者があまりいない大通りを、軽い気持ちで歩き出します。しかし、ガイドブックの詳細な地図は駅近辺の肝心なところの手前で切れていて、余所者など僕以外にはいないような閑静な住宅地に迷い込んだり、思いのほか苦労。人に聞いては、また迷子、みたいな調子で、1時間以上は裕に歩きました。駅名にエルサレムと付いているものの、エルサレム「地区」のマルハという隣町で、エルサレム市街からはかなり遠いです。駅もまた何気に地味!駅前の駐車場や構内も閑散としています。一度駅と気付かず通り過ぎてしまったほど(苦笑)。高速列車を導入し、改修、延伸など進めているようですが、まだまだこの辺の主要な公共交通はバスのようです。

http://www.rail.co.il/

エルサレム・マルハ駅
エルサレム・マルハ駅
▲エルサレム・マルハ駅。エスカレータを昇るとセキュリティの女性兵士が暇そうにしていた。(マルハ)

イスラエル鉄道、テルアビブ・エルサレム線

▲イスラエル鉄道、テルアビブ・エルサレム線。(マルハ、エルサレム・マルハ駅)

テルアビブ・エルサレム線。列車はだいたい1時間に1本くらい。出発が遅くなってしまったけど、せっかくなのでテルアビブまで乗ってみることにします。21.5NIS、所要時間約1時間30分のプチ鉄道の旅。

車両はそこそこ新型の雰囲気。乗り心地も悪くありません。車内はそこそこ清潔。ただ、窓が薄汚れていて、ナチュラルUVカット(笑)、景色が見辛かったのが残念。駅は終点まで8つくらいですが、出発時ガラガラだった座席も、途中駅で次第に乗客が増えていきました。

終点の1駅手前、テルアビブ・ハシャローム駅で、下車。時間は18時前。帰りの時間を考えるとあまり時間がないので、とりあえずウインドウショッピングでもして帰るかと、駅直結のショッピングセンターに寄ってみます。

アズリエリ・ショッピング・センター。高級ブランドからH&Mなどファストファッションまで日本でもおなじみのアパレルや貴金属、化粧品、雑貨などのお店がたくさん。大きくて近代的なショッピング・センターです。

少しテルアビブの街を歩いてみます。エルサレムよりも大都会で、洗練されている印象。ムスリムが少ないこともあってか少し欧州的な雰囲気も。イスラエルの経済、文化の中心地で、人口の40%が住むという都市。イスラエルは首都をエルサレムと主張していますが、国際的には認められておらず、大使館などはここテルアビブにあるそうです。普通に平穏に暮らすなら紛争の火種のあるエルサレムよりテルアビブでしょうね。

テルアビブ・ハシャローム駅
▲テルアビブ・ハシャローム駅。(テルアビブ)

テルアビブ
▲テルアビブ。高層ビルが立ち並ぶイスラエル一の大都会。(テルアビブ)

帰りはバスを使うことに。降りたハシャローム駅の隣駅、ハガナ駅近くにあるセントラルバスステーションへ。バスステーションとしては世界最大と言われるほど広大な建物なのですが、だだっ広く、各フロアーの接続も階段やエスカレータが微妙な感じで、なんだかいろいろ分かり難い。広過ぎるのか動線に問題あるのか、テナントも入らずほとんど使っていないフロアがあります。しかしエリアによってはお店もたくさんあります。乗り入れている路線も多いですし、建物の複雑さも相まってか、セントラルバスステーションに限って言えば、エルサレムよりテルアビブのほうが雑多な印象。

テルアビブ・セントラル・バスステーション
▲テルアビブ・セントラル・バスステーション。(テルアビブ)

エルサレムへのバスは夜遅くまで頻発。お腹も空いたので、今回の旅初のマクドナルドに入店。ヘブライ語オンリーのメニューに戸惑い焦ります。適当に指差すと、お子様向けのメニューだったり(苦笑)。むしろシュワルマ屋のほうが余裕だったかも・・・などと少し後悔しつつ、結局、チキン・テキサスなるものを注文。一時期日本でも発売されたテキサスバーガーのチキン版。ちなみに、イスラエルにはユダヤ教の食事規定コシェル専門のマックもあるのだとか。ここは違うようでしたが、チーズを使ったメニューはなかったように思います(コシェルでは、肉と乳製品を一緒に食べるのはNG)。シェイクらしきものはあったけど、そういえば、シェイクとバーガーを一緒に食べるのはいいのかなぁ!?・・・分かりませんね。

余談ですが、イスラムもユダヤも、血抜きには厳密で、アラブ圏のマックはそれにあわせた食肉の処理をしているらしいです。またコシェルでは、ひれやうろこのない水棲の生き物、エビ・カニなどの甲殻類、貝類やイカ、タコといったものもダメだそうです。シーフード厳しいですね・・・。ユダヤ人のどのくらいの人が、どの程度厳格に守っているのか知りませんが、スーパーで売ってる製品にもコシェルマークがあるくらいなので、結構厳守している人も多いのかな。

http://www.mcdonalds.co.il/

バスでうとうとしながら1時間ちょっとでエルサレムへ帰還。21時過ぎ、新市街の街を歩いてホテルまで帰りました。夜は人通りが少なくて、東エルサレムとかはちょっと不安にもなりますが、治安はまずまずではないかと思います。夜中の一人歩きなどしないにこしたことはありませんが、犯罪とかレベルの治安は極端に悪いとかいうことはないようです。むしろ一番怖いのは、睨みをきかせている軍や警察だったりして・・・。ホテルへの帰り道、ステバノ門手前の坂のところに必ずと言っていいくらい軍や警察が居て、毎日のように何をしている?どこへ行くんだ?と聞かれました。何日か滞在しただけで嫌気が差すくらいですから、エルサレム住民の人たちのストレスたるやいかばかりか・・・。旅行者は笑顔できちんと答えていれば、ほとんどややこしいことにはなりませんが、パレスチナ系の住民などは謂れのない難癖を付けられたりってこともあるのかもしれません。

エルサレム旧市街の夜景
▲エルサレム旧市街の夜景。エリコ通りの坂から。(エルサレム)

ホテル近くのシュワルマの店
▲エルサレム滞在中、何回か食事に立ち寄ったホテル近くのシュワルマの店。チキンサンドやハンバーガーもあった。(エルサレム)

2012.04.08

神殿の丘、シオンの丘

今日はまず神殿の丘へ行く計画。朝ホテルを出て、ケデロンの谷を横切り、糞門から旧市街へ。糞門とは凄い名前ですが、昔ここから排泄物を運び出していたのだとか。門を入ると近くに神殿の丘西南側の入口があるのですが、アラブ人はそこも含めてモロッコ門とも呼ぶそうです。

神殿の丘の入口前には、既に何百人の観光客の大行列。ツアー団体客も多く、僕がどこに並ぼうかあたふたしていると、おばちゃんにここに並びなさいよと声掛けられます。おばちゃんたちはイギリスからツアーで訪れているのだとか。夫だというおじさんがビシっと立ち超丁寧に挨拶してくるので、その英国紳士然とした態度に少しこちらが照れてしまうというか、失礼ながらちょっと笑ってしまうほど。「ロンドン何年か前に行きましたよ。素敵な街ですね。」と言ったら、「東京は忙しない街だね。」と返されました(苦笑)。あとはやっぱり地震や福島の話になったり。

まったく進まない列。その間、何度もピーヒャラドンドン、太鼓や笛を鳴らしながらユダヤ人の祭列が嘆きの壁へ向かって通り過ぎていきます。英国紳士に詳しいことを知っているか聞いてみたところ、成人の儀式だとのこと。13歳になると親族をあげてこうしてパレードをしたりして祝うのだとか。

神殿の丘の冬季の入場は、午前7時30から10時までとお昼1時間のみ。金土は休みで、この日は木曜日。僕にとっては最後のチャンス。どんどん10時が迫ってきて焦っていると、団体客の方々が次々に先にどうぞと譲ってくれて、だいぶ前方へ。結果1時間30分くらい待ったものの、滑り込みセーフ。10時5分前くらい(汗)。アッラーが偉大だからか、ヤハウェが慈悲深いからか。とりあえず、ありがとうイギリスやイタリアのおばちゃんたち。

どうにか入場は果たしたものの、いつ追い出されるか分からなかったので、早足に見て回ります。と言っても、建物内はムスリム以外は入れないので、外観を見る感じ。ここに建っていたユダヤの神殿は紀元後ほどなくしてローマに破壊され、7世紀その上にはモスク等が建てられ、そして現在またイスラエルの実効支配を受けています。エルサレム、パレスチナを象徴するような場所。

岩のドームの中には、名前の通り巨大な岩があります。ここから大天使ガブリエルに導かれムハンマドが昇天し、アッラーと会い、戻ってきたというミウラージュという伝承があり、また、最後の審判の日、すべての魂がここに集まる「魂の井戸」ともされています。イスラム教3大聖地の一つです。また、アブラハムが息子イサクを神に捧げようとした場所とも言われ、イスラム教と同じアブラハミックであるユダヤ教、キリスト教にとっても神聖な場所なのだそうです。ブルーのタイル、幾何学模様が美しい岩のドームの外観は、16世紀オスマン朝スライマーン1世によって施されたものだとか。

アル・アクサー・モスクは、丘の南側に、前述のミウラージュを記念し建てられたモスク。創建当時の面影はほとんど残ってはいないものの、イスラム教最初期のモスクの一つだそうです。

入場して30分もしないうちに、お昼休みだからか?係員が巡回し、観光客と思しき人たちを追い出しにかかり始めました。しかし、外観のみですので、一通りは見て写真も撮りましたし、神殿の丘に無事入れただけでもよしとしたいと思います。

アル・アクサー・モスク
▲アル・アクサー・モスク。南側からの遠景。(エルサレム旧市街)

岩のドーム
岩のドーム
▲岩のドーム。(エルサレム旧市街、神殿の丘)

入場したモロッコ門とは違う門から神殿の丘を出て、旧市街のムスリム地区、ユダヤ人地区を歩きます。旧市街は、キリスト教徒、ムスリム、ユダヤ人、アルメニア人と、地区が分かれていて、街並みの雰囲気も少しずつ違ったりして面白いです。特に雑多で活気のあるムスリム地区と静かで画廊や書店などがあるユダヤ人地区などは対照的。東エルサレムをヨルダンが治めていた時には、その境の扉は閉ざされ、兵士が警備する国境だったのだとか。現在の旧市街は一見そこそこ仲良く暮らしているようにも見えますが、実際は対立の歴史もあって、決して混じり合わず分かれて住んでいるような現実がある。不思議だけど、実は世界の縮図でもあるような、そんな街。

旧市街、地区の境
▲ムスリム地区とユダヤ人地区の境の扉。向こうがムスリム地区。(エルサレム旧市街)

南西にあるシオン門から旧市街を出て、シオンの丘へ。門からすぐ、ユダヤ教のシナゴーグなどがある建物の中に、ダビデ王の墓があります。部屋に置かれた石棺にはベルベットの布がかけられています。ユダヤ人と思しき人々が祈りを捧げています。ダビデはイスラム教でも預言者とされていますが、ムスリムは近づき難い雰囲気。ただし、ここが本当にダビデの墓であるかは異論も多いそうです。

ダビデ王の墓近くの建物の2階には、最後の晩餐の部屋と呼ばれる部屋もあります。そう、ダビンチの名画でも有名なイエスの「最後の晩餐」を行ったとされる部屋です。しかしながら、正直その面影はかけらもありません。現在の建物は十字軍が建てたもので、さらに15世紀には部屋はイスラムの礼拝所に改修されています。イエスと弟子たちが食事をしたテーブルでも残っていれば気分も盛り上がりますが、・・・それはそれで嘘くさいかな。

ダビデ王の墓
▲ダビデ王の墓。(エルサレム、シオンの丘)

最後の晩餐の部屋
▲最後の晩餐の部屋。ミフラーブもある。(エルサレム、シオンの丘)

2012.04.06

桂正和の世界展

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渋谷に行く用事があって、気になっていたので、ついでに行ってきました。桂正和の世界展。

それほど広いスペースではありませんでしたが、最新「ZETMAN」から、往年の作品まで、様々な原画やイラストなどを見ることが出来ます。コミックや関連グッズなど物販コーナーもあります。

あまりマンガを読まない僕にとって、桂正和は学生時代ハマった数少ない大好きなマンガ家の一人。特に「ウイングマン」は全巻買ったし、アニメのレコードやPCゲーム、超合金もあったなぁ。もう中学生にはなっていたと思いますが、主人公の影響を受けて特撮ヒーローにハマったりもしました。デパートの屋上でやっているヒーローショーを、低学年の小学生や幼児と並んで鑑賞したり(笑)。

また、彼の描く女のコは大変魅力的で、「ウイングマン」もウイングガールが出てくるくらいから、エッチな描写も増えたりして、思春期の僕はドキドキしていたなぁなんてことも思い出します。

「電影少女」以降、ラブコメ、恋愛もののヒットもあり、桂正和の美少女描写の評価は確固たるものになっていきますが、それでいて、一方、ヒーローものを描き続けてくれているのも嬉しいところです。ティム・バートンのバットマンが上映された頃から、その影響を受けたというのは聞いていて、「ZETMAN」が連載開始になった時にはついに来たかと思ったものです。

展示には、「ウイングマン」のコミックスの表紙に使われていたイラストなどもあり、柔らかいパステルカラーのアオイさんのイラストを見てたら、なんか青春時代が蘇ってきて、少し切ないような不思議な気持ちになりました。懐かしいなぁ。

4月9日からは「ZETMAN」の等身大フィギュア?が展示されるそうです。・・・そういえば、桂正和が作って着てたウイングマンのコスチュームも展示して欲しかったなぁと思いだしたりして。もっといろいろ見たかった気もしますが、無料ですし、こんなものかなという気もします。

テレビアニメ「ZETMAN」も始まりますね。期待したいです!

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