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2012.03.16

ベツレヘム

3日目。イスラエルでの初めての朝。ホテル近所にあるモスクからの夜明けのお祈り放送に起こされ、中東に来たことを実感。

今日は、ダマスカス門近くターミナルからアラブバスに乗って、隣町のベツレヘムへ行きます。バスで30分ちょっとですが、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区のエリア内です。市街中心地から少し離れたところでバスを降ろされ、道も良く分からないしタクシーに乗ろうかと思いましたが、高めにふっかけてくるし市内や近郊を案内するから40NISでどうだとかしつこいので、焦ることもないかと、道を聞きながら歩くことに。ジェスチャーや時にはアラビア語が併記してある地図などを見せながら聞けば、大抵みんな親切に教えてくれます。キョロキョロしていると向こうから、声かけてくれることもあるし。道が分かれば10分と歩かないうちに意外とあっさりと聖誕教会の前の広場までたどり着きます。タクシー乗らなくて正解だったかも。

まずは聖誕教会を一旦スルーして、脇の道を入った先にあるミルク・グロットへ。その名の通り洞窟の上に建てられたミルク色の教会。内装はそれほど派手さはなくシンプルなのですが、聖堂のある洞窟は壁面が少しピンクがかった白で可愛らしい雰囲気。ここで聖母マリアが生まれたばかりのイエスに母乳を与え、零れた滴が赤茶けた洞窟を真白く染めたという伝説があるそうです。

ミルク・グロット
▲ミルク・グロット。白い洞窟の教会。(ベツレヘム)

聖誕教会へ。降誕教会、生誕教会とも呼ばれ、英語だとNativity Church。イエス生誕の場所に建てられた教会。ベツレヘムのメインスポットです。イエスが処女マリアから生まれ出たとされる洞窟は祭壇になっていて、日々数多くのキリスト教信者が礼拝に訪れています。僕が訪れたこの日も、百人は優に超える多くの巡礼者や観光客が行列を成していて、祭壇のある部屋には小さな入口から数人ずつしか入れない上、熱心にお祈りする人も多く、なかなか列は進みません。せっかくここまで来たのだしと並び始めたものの、祭壇の前にたどり着くまで1時間以上かかりました。

聖誕の場所が洞窟ということで、まず「あれ!?イエスって馬小屋で生まれたとかいう話じゃなかったっけ!?」と思ったのですが、福音書や宗派の伝承によって異なり、洞窟としているものもあれば、家畜小屋としているものもあるとか。イエスは、紀元前4~6年頃生まれたとみられていますが、ベツレヘムで生誕したということ自体、旧約聖書の預言に沿って作られたという可能性もあり、詳細はいろいろ定かではないようです。イエス降誕への礼拝のための一つのシンボル、聖地としての教会であり、その歴史的事実の正否はさして重要ではないのかもしれません。

聖誕教会
▲聖誕教会。外陣。(ベツレヘム)

聖誕教会
▲イエス降誕の場所への狭い入口に行列する人々。(ベツレヘム、聖誕教会)

聖誕教会、イエス降誕の場所
▲イエス降誕の場所には星の型が埋め込まれている。(ベツレヘム、聖誕教会)

ベツレヘムの街を歩く。スークを散歩して、その後、メンジャー通りを北へ。途中ダビデの井戸や聖ヨセフの家といったスポットにも寄ろうとしますが、ちょうどお昼過ぎだったからか両方とも残念ながらクローズ。

仕方ないので、そのさらに少し先へ行ったところにあったシュワルマ・キングという店でとりあえず昼食。炙った肉を薄く削ぎ落としたシュワルマを、ホブスやピタと呼ばれる薄く平たいアラブパンで巻いて食べます。トルコ料理でいうドネルケバブです。肉はマトンかな?美味しかったです。パンは小さめのピタサンドやバゲットサンドも選べて、サラダやソースのトッピングは自由。ひよこ豆のペーストやオニオンスライスから、真っ赤なキムチのようなピクルスまでトッピングもいろいろ。セルフサービスだけど、不慣れな僕には従業員がオススメを選んでくれました。

こん棒のようにぶっ太くボリュームたっぷりで15NISだったかな。ベツレヘムではミネラルウォーターも1Lで6NISとかで、物価はエルサレム市内よりだいぶ安いみたい。

シュワルマ
▲シュワルマ。ホブスに巻いてボリュームたっぷり。どこでもだいたいこんな感じ。テイクアウトでも気軽に食べれる。

シュワルマ・キング
▲シュワルマ・キングの店内。キングと名を冠している割には質素な店内。イエスが生誕した場所というだけあって、一年中"Merry Christmas"の飾りつけがしてあるみたい。パレスチナ人、アラブ人というとイコールムスリムと想像しがちだけど、ここにはたくさんのクリスチャンのアラブ人が暮らしている。

パワー充填完了し、メンジャー通りをさらに北へ。行きはバスでベツレヘム市街までスルーでしたが、帰りのバスは検問を受けた先でしか乗れないと聞き、チェックポイントへ向かいます。聖誕教会などがある中心地から2~3kmは離れていますが、街の散策も兼ねて徒歩。途中道に迷ってしまいぷらぷらしていると、イスラエル軍らしき兵隊と遭遇。何やら建設途中だか廃墟だか分からないビルの上にいる人と距離を置いて話しています。緊迫しているのかいないのかよく状況は分かりませんが、とりあえず巻き込まれないよう足早に通り過ぎます。近くで高校生らしき子に道を尋ねるついでに、「何が起きているの?」と聞いてみましたが、「英語では説明できないし、詳しくは分からない」と言われました(苦笑)。冷ややかに「似たようなことはしょっちゅうだ」みたいにも言ってました。

チェックポイントが近づくにつれて、延々と街を隔てる高く厚い壁が見えてきます。イスラエル側によりほぼ一方的に築かれた物々しい分断壁です。そこに描かれたパレスチナ解放や平和を訴えるペイントアートや落書き。ガザ地区はハマースに実験を奪われ自治政府の統制が及ばず、ヨルダン川西岸地区はイスラエルの入植や支配地域も少なくない独立には程遠い状況のパレスチナ。その歪みはそこかしこに見ることが出来ます。

チェックポイントだけは、金属探知機やパスポートチェックを受け、まさに国境さながら。軽い手荷物一つでカメラ片手のいかにもな日帰りお気軽な観光客の僕にも、自治区ではどこへ何しに行ったか、イスラエルに戻ってどこへ行く等々、お得意の容赦ない質問責め。ユダヤの歴史やイスラエルの立場を考えると仕方がないのかなとは思いますが・・・。

チェックポイント出てすぐのところで、エルサレム行きのバスに乗ります。帰り道、丘に建物が密集する要塞のような集落が見えます。パレスチナ自治区内のイスラエル入植地。約1900年ぶりに帰ってきた元住人は、居間やキッチンを乗っ取り、話し合いで現在の住人のものと決めたはずの部屋にまで荷物やら何やらを置き始め、注意すると俺たちはこれまで散々で大変だったんだぞと逆ギレする。なんかそんないまひとつ納得できない、煮え切らない感じ。行き過ぎたシオニズム、選民主義は、新たな離散の悲劇を産むだけではないのか。彼らはなぜ自らの受けた耐え難い苦しみを他人に与えるのか、そんな拭い去れない疑問で悶々としながら車窓を流れゆくパレスチナの景色を眺めました。

イスラエル兵とパレスチナ人
▲兵士に緊張感は感じられないものの、何やらお取込み中・・・。(ベツレヘム)

パレスチナ自治区の分断壁
▲パレスチナ自治区の分断壁。イスラエルが一方的に築き警備している。(ベツレヘム)

パレスチナ自治区の分断壁
▲壁に書かれた落書き。パレスチナ解放や平和を訴えるような図柄も少なくない。(ベツレヘム)

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▲チェックポイントへ向かう道。鉄格子に囲まれている。(ベツレヘム)

チェックポイント
▲チェックポイント。何重にもフェンスや建物を通過しなければならない。特にイスラエル側に入る際のチェックが厳しい。(ベツレヘム)

ユダヤ人入植地
▲パレスチナ自治区の地域内に築かれたイスラエルのユダヤ人入植地。周囲を壁で囲み、まるで要塞のよう。イスラエルの強硬な意志、執念が見える・・・。

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