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2008.09.19

高速道で平壌から160km南へ。北側DMZ、停戦協定調印式場

北朝鮮3日目。今日は平壌を出て、南へ約160kmにある開城(ケソン)へ。朝7時30分にホテルを出発、クルマで高速道路を飛ばします。道路は、場所によってはかなり道が痛んでいて、走る車内がグワングワン揺れます。それでも我等が運転手は疾走。命お預けします・・・。

数箇所、検問があり、一般市民の走行は制限されている模様。通行量が極端に少なく、自分ら以外に見掛けた車両は数える程度。ただ、近くに街や村があると思われる地域では、人や自転車が通行していることも。上半身裸のあんちゃんがぶらぶら歩いてたり、おっちゃんが一生懸命自転車漕いで何処かへ向かっていたり。

開城までの間、載寧(チェリョン)平野を駆け抜け、松林(ソンリム)や沙里院(サリウォン)といった街の傍を通過していきます。車窓に流れる田舎の風景はのどかで、山や川など自然も美しく癒されます。高速道路が通る地域は農業も盛んらしく、とうもろこし畑や水田があちこちに見られ、またよく実っているようでした。山地や寒冷な地域が多いこの国において、自給食糧を支えている地域の一つなのかもしれません。食糧問題が常々指摘されている北朝鮮、ガイド曰く「今年の作物の出来はだいぶ良い」とのことでしたが、エリートや富裕層が多く食糧も集まる平壌や都市部はともかく、やはり地方の農村部などはかなり厳しい状況が続いているようです。

平壌開城高速道路。後続もすれ違うクルマもない
▲平壌開城高速道路。後続もすれ違うクルマもない。(黄海北道瑞興郡付近)

黄海北道瑞興郡付近のとうもろこし畑
▲とうもろこし畑。びっしり植えられています。実りの秋。(黄海北道瑞興郡付近)



▲高速道の中間辺りにある水穀休憩所。建物は道路を跨いで建てられている。(黄海北道瑞興郡)

水穀休憩所
▲水穀休憩所。立ち寄る観光客向けに外でお土産等を売っていた。(黄海北道瑞興郡)

平壌から1時間くらい走って小休憩。平壌開城高速道路にある唯一の休憩所、水穀(スゴク)休憩所に立ち寄ります。トイレの他、レストランや売店もあり、言わばサービスエリア。ただ、この日は朝早かったこともあってか、建物内の店はやっておらず、代わりに入口外、露店でのみお土産やフルーツを販売していました。停車していたのは、僕らの4WDと中国人グループの大型バスの2台のみ。休憩中の十数分の間でも高速道路に車両の通行は全くなく、何とも寂しい限り。しかし、その分(?)空気もキレイで静かです。

クルマに戻り、再び高速道路を疾走します。牛や牛車、田端で作業する人々、数十km向こうが韓国とは信じられないくらい、昔ながらな農業地域ののどかな光景。ただ、そうした中でも、時折現れる集落や街には突然スローガンが刻まれたモニュメントや金日成の肖像画が掲げられた建物があったりして、ふとここが北朝鮮であったことを思い出させられたりして。この高速道路を利用して数十km先の平壌を訪れることさえ許されない一般庶民は、いったいどのような気持ちで日々それらを眺めているのでしょうね。

平壌開城高速道路沿いの集落
平壌開城高速道路沿いの集落
▲高速道沿いの集落には、モニュメントやスローガン、金日成の肖像画なども見える。

とか何とか考えていると、周囲にはちらほら高麗人参畑。開城の街が見えてきました。が、ここは街は一旦スルーして、一気に北側の非武装地帯(DMZ)の検問へ向かいます。まずはDMZに入る手前のゲートで一度クルマを降りて、脇の施設内で人民軍兵士によるジオラマを使っての説明を受けます。南側では、服装やパスポートのチェック、さらに誓約書へのサインなどがありましたが、こちらではほとんどチェックや手続きなどはありませんでした(ま、パスポートは既にガイドに預けてるわけですしね(汗))。

DMZ見学は、観光客で大賑わい。先ほどまでの高速道路の静けさはどこへやら。欧米の方なども見られましたが、圧倒的に多いのは平壌同様やはり中国人。中国系マレー人の団体なんて人達もいましたけど。飛び交う中国語。写真撮りまくり。やはり10億を超える中国人パワーは、良くも悪くも凄いなぁと実感・・・。

DMZゲート前の検問所
▲DMZゲート前の検問所。観光客はここで一旦クルマを降り、説明などを受ける。(開城)

北側DMZから見るギジョン洞村北朝鮮国旗
北側DMZから見る自由の村韓国旗
▲北側DMZから見るギジョン洞村の北朝鮮国旗と、南側・韓国自由の村の太極旗。(DMZ)

DMZ内では、板門店に向かう途中、まず停戦談判会議場および停戦協定調印式場に立ち寄りました。国連軍と朝鮮人民軍が朝鮮戦争の休戦協議を行い、また協定締結後に式典を行った場所。建物内部には当時使われた机や椅子、国旗などが展示されています。調印式場では、北側の座席に座って記念写真をパチリ。案内する朝鮮人民軍兵士は、「アメリカが降伏文書に調印した」と言っていましたが、休戦、停戦ではなく終戦(どちらの降伏なのかは分かりませんが)が、訪れるのはいったいいつになるのでしょうか。

この調印式場は、今春訪れた韓国側JSAの展望台からも意外と近くに見えました。しかし、その距離をあちらからこちら側に来ることが、かかる時間にしても労力にしてもいかに「遠い」ことか。

停戦談判会議場
▲停戦談判会議場。室内。板門店の名称は、元々はこの付近にあった小店舗が由来になったと言われている。(DMZ)

停戦協定調印式場
▲停戦協定調印式場。朝鮮戦争の停戦協定文書の調印式典は、ここで行われた。(DMZ)

韓国側JSAの展望台から撮影した停戦協定調印式場
▲春に南側、韓国側JSAの展望台から撮影した停戦協定調印式場。(DMZ)

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