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2008.03.21

帰らざる橋とその向こうの北朝鮮

板門店中心、会議場などの見学の後、再びバスに乗り込み、JSA(共同警備区域)内の展望台へ。

展望台から右手、北西に林に囲まれた屋敷のような建物は、現在の板門店が出来る以前に、朝鮮戦争の休戦協定会議が行われた場所だそうです。都羅(トラ)展望台からも見えた開城(ケソン)工業団地や"宣伝村"・ギジョン洞(ギジョンドン)村も見えます。眼下に見える川には、この後見学する帰らざる橋と呼ばれる橋がかかっています。都羅展望台よりも、高さは低い感じですが見晴らしはよく、写真なども撮り易いです。

北朝鮮の宣伝村、ギジョン洞村
ギジョン洞村、国旗掲揚台
▲ギジョン洞村。北朝鮮の宣伝村と言われていて、約160mあるという国旗掲揚台も見えます。
(JSA)

軍事分界線
▲等間隔に打たれた白い杭は軍事分界線を示しています。
(JSA)

近くの林や野原によく目を凝らすとポツポツと等間隔で白いポールのようなものが立てられているのが分かります。これは実は軍事分界線を示す柱なのだそうです。一見すると本当に田舎ののどかな風景でしかないのですが、そこには目に見えない大きな壁があるのですね。

帰らざる橋と北朝鮮
▲帰らざる橋。対岸は北朝鮮。
(JSA)

帰らざる橋は車中からのみの見学。休戦協定後の捕虜交換時、この橋を渡ったものは二度と下の方向へは戻ることが出来ないという意味で、そう呼ばれたそうです。手前には、祈念碑となっているポプラ事件の切り株跡もあります。橋の手前には韓国・国連側、向こうには北朝鮮側の警備哨所。韓国軍と、北朝鮮軍が至近距離で向かい合う場所。ポプラ事件とは1976年、監視所の視界において邪魔になっていたポプラの枝葉を剪定していた国連軍兵士と、中止を求めた北朝鮮軍兵士との間で起きた衝突。非武装地帯のため両軍兵士とも武装はしてなかったのですが、剪定の為の斧やのこぎり、トラックなどの車両がその凶器となり、その様子は記録映像も残っています。

帰らざる橋
▲帰らざる橋。バス車中から。手前が国連側哨所。映画「JSA」の舞台としても知られています。
(JSA)

JSAに入る途中に寄ったキャンプ・ボニファスの名前はこの事件で死亡したボニファス大尉に由来しています。また、板門店が縁石で二分され、南北両軍の自由往来が禁止されたのも、この事件がきっかけだそうです。

映画「JSA」では南北の兵士が密かに交友を深める舞台として描かれた場所でもあります。あの映画はフィクションですし、南北両軍兵士の会話やコミュニケーションは現在も原則厳罰が与えられるとのことですが、板門店等でも軽い日常会話程度は黙認されているという話もあるとか。両軍兵士の心境たるや如何なるものか、僕らには想像出来ない複雑なものであろうと思います。

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