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2008.03.20

昌徳宮。韓国の世界文化遺産

2日目。今回の旅行はあまり時間的余裕がないこともあり、朝7時前に起床して、8時過ぎには早速王宮めぐりへ出発。「観光地」という場所はそれほど多くない印象のソウルですが、初ソウル、やはり王宮は外せないかなと。

ホテル最寄の踏十里(ダプシムニ)駅から5号線、鍾路3街(チョンノサンガ)駅で3号線に乗り換えて、安國(アングッ)駅へ向かいます。約2~30分。

昌徳宮、敦化門
▲正門、敦化門(トンファムン)。1607年再建。 (ソウル・昌徳宮)

まずは、昌徳宮(チャンドックン)。ユネスコ世界遺産(1997年文化遺産登録)です。ここは、個人参観が限られていて、基本的にはガイドツアー参加ということで、日本語ガイドツアー初回9:30スタートを目指して最初に訪れようと決めてました。団体客も含めて5~60人くらいの結構な数の日本人(+α)が集まり、2人のガイドさん、2グループに分かれて案内。

4万5,000平方メートルという広大な敷地で、入場や観光が制限されているということもあり、森や整備された庭園が広がり、ソウルとは思えない静寂と自然に癒されます。1時間以上あるガイドツアーで、起伏も含めて結構歩くのですが、この日は天気もよくとても心地良かったです。


▲正殿、仁政殿(インジョンジョン)。 (ソウル・昌徳宮)

昌徳宮、仁政殿
▲仁政殿内にある玉座。仁政殿内は、重層入母屋造という吹き抜け造り。 (ソウル・昌徳宮)

昌徳宮は、李氏朝鮮第3代王太宗が1405年に建造。景福宮と共に歴代の王が政務を執った場所。一度、文禄・慶長の役(1592年~1598年)で焼失していて、1615年に再び王宮として再建されたそうです。韓国の王宮や歴史的建造物には、文禄・慶長の役(韓国では倭乱などと呼ばれる)で豊臣軍に焼き払われたり、日韓併合の際日本によって破壊されたものも少なくありません。日本では愛され尊敬される歴史的人物である豊臣秀吉や伊藤博文も、韓国にとっては侵略者だったりする(正確には日韓併合は伊藤博文が暗殺された翌年ですが)。隣国同士に戦争の歴史はつきものですが、こうした歴史を持った建物を見て話を聞くと、やはり少々複雑な気持ちになりますね。

日本語ガイドツアー、僕が付いていったグループは、若い女性のガイドさんで昔の民族衣装姿で案内してくれました。荘厳な建物や美しい石畳を颯爽と歩くその姿はなかなか絵になります。

昌徳宮、絵になるガイド
▲進善門(チンソンムン)と民族衣装のガイドさん。(ソウル・昌徳宮)

自然に溶け込むように配置、建築された建物の数々。緑や朱色の配色と緻密な装飾が印象的な柱や梁などの朝鮮の建築様式美。青い瓦屋根の建物など中国の影響も色濃く観られます。

ガイドさんも、この場所は「宮廷女官チャングムの誓い」(日本でも人気の韓国ドラマ。僕は未見です・・・)の撮影場所になったとか、いろいろ分かり易く楽しく案内してくれて良かったです。建物の多くにオンドル(床暖房。現在は温水中心ですが、昔は暖気)があって、煙突があるというのが、一見日本の木造建築物に似ていながら日本にはない異なる部分で、個人的にはとても印象的でした。

昌徳宮、オンドル煙突
▲建物脇の壁沿いにあるオンドルの煙突。床下を通り、外で排出される仕組み。(ソウル・昌徳宮)

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