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2008.03.21

板門店と南侵第3トンネル

いよいよDMZ(非武装地域)内に入り、南侵第3トンネルへ。北朝鮮が韓国進軍を目的として掘り進めていたものと言われ、地下73m、軍事分界線を越え、ソウルまで約44kmの地点まで達しています。トンネル掘進でダイナマイトを使う際は、北朝鮮側のDMZ沿いにある花崗岩採掘場の爆破と時間を合わせるなどして、韓国や国連の監視から逃れていたと見られています。

南侵第3トンネル入口
▲南侵第3トンネル入口。奥右がケーブルカー乗り場。
(DMZ)

ジェットコースターの乗り場のようなところでヘルメット被らされて、レッツラゴー。トンネルには最南端の位置まで韓国側が繋げた急な斜めの穴を、ケーブルカーで7~8分かけゆっくり下って入ります。穴は決して広くなく、乗り物もそれほど大きくないので、座席に3人掛けすると両端の人はゴツゴツした壁にしばしば肩や頭が当たります。でもなんだかアドベンチャー気分でちょっとドキドキワクワク。

トンネル内に到着するとケーブルカーを降りて徒歩で第3トンネル内を見学。身をかがめなければならないくらいやや天井は低く、横に2~3人立てるか立てないかくらいの幅しかありませんが、訓練された兵隊なら余裕で侵攻できる大きさではあると思います。地上まで貫通すれば、1時間に1師団、最大3万人の武装兵力を送り込めるとか。現在発見されているトンネルは1974~1990年にかけて計4つあって、亡命してきた関係者らの話などによると、他にも数個はトンネルが存在すると見られ、また当初は、トンネルを20個くらい掘り数十万の兵隊を送り込み、3日でソウルを制圧する計画だったそうです・・・金日成、恐るべし。

トンネルは緩やかに北朝鮮側に傾斜していて、壁の岩肌に染み出している地下水が掘削方向に貯まらないように掘られています。壁には幾つもダイナマイトを差し込むための穴が開いています。また、トンネル全体、岩肌が黒ずんでいるのですが、これは韓国側にトンネル堀削を感付かれた直後、なんと「石炭採掘をしていた」と言い逃れをするため、北朝鮮が撤退時に石炭を塗りこみ偽装した跡なのだとか。・・・当然すぐ嘘だと追及されると、その後は「トンネルを掘ったのは南だ」と言い張っているとか。何ともいろんな意味で北朝鮮らしいエピソードです・・・。

でも、それこそちょっと笑ってしまいそうなエピソードなものの、軍事分界線までわずか約300mの地点、トンネルの観光できる行き止まりには物々しい鉄条網と鋼鉄の扉があり、少々緊迫した空気があります。また、第1や第2などのトンネル探索時には北朝鮮が仕掛けた地雷で兵士も死亡しているそうで、そうした悲惨な戦争の現実が刻まれていたりするわけです。北朝鮮側の人たちも、こんな薄くらい地下をどんな思いでひたすら掘り進めてたのかなぁなんて考えると、ちょっと切ない気持ちになりました。

トンネル出入り口にはDMZ映像シアターと資料館も併設されています。韓国と北朝鮮の軍事分界線241kmの両サイド2kmずつの地域がDMZ(非武装地帯)。このエリアは兵力はもちろん、人間の立ち入りが大きく制限されていることで、皮肉にも自然が保護され、多くの動植物が生息しているそうです。将来南北統一した暁には、平和の象徴として、自然保護区、自然公園となる日が来るのかもしれません。

臨津閣、自由の橋
▲臨津閣、自由の橋。
(京畿道坡州市)

臨津閣
▲自由の橋袂。売店の脇の鉄条網には祈りの書かれたリボンが。
(京畿道坡州市)

一旦DMZを出て、次に向かったのは、臨津閣(イムジンガッ)。1953年休戦協定で開放された1万2千を超える捕虜たちが自由を叫んで渡ったとされる自由の橋や慰霊碑、公園等があり、都羅山駅に向かう修復された鉄道橋と、それに並行して並ぶ戦時に破壊されたままの橋脚跡なども望めます。自由の橋は渡ることが出来ますが、渡った先は大きく頑丈なフェンスと鉄条網で仕切られその先には入れませんでした。

臨津閣近くの食堂で昼食。メニューは、嬉しいプルコギ定食。DMZ近くで、本場韓国で初プルコギ。グツグツ煮立つほどにたれの甘い醤油の香り、たまりません。第3トンネルで結構体力を消費した身体に、牛肉は美味かったです。これはご飯何杯でもいけますね(笑)。ただ、例の如くキムチやおかずもたっぷりサービスだったので、すぐお腹一杯になりました。韓国旅行は食には困らないですね。

ここでDMZツアーのみのメンバーとはお別れし、代わりに板門店ツアーと合流。実は多くのツアーは、板門店かそれ以外のDMZ関連かどちらかに行くというものが主流で、両方行くというツアーは多くありません。僕が予約した両方ツアー参加は実はなんと数人。そのため途中で、昼休みなどを利用してもう一方のツアーにうまく合流するというシステムで実現しているようです。板門店ツアーはDMZツアー以上に盛況。50~60人がバス2台で移動です。

まず、DMZ手前のキャンプ・ボニファスと呼ばれる韓国軍・国連軍司令部前方基地に立ち寄ります。ここからJSA(共同警備区域)に向かうに当たり、ブリーフィングルームにてDMZについてのフィルムを見た後、訪問者誓約書にサインさせられます。これには、JSA内での服装や行動の規定、不測事態の際の免責などが書かれています。英語でよく分からないままサインしてしまうと、あとで冷静に考えるとちょっと怖くなったりもして・・・。ジーンズは違うズボンに履き替えさせられたりもします。簡単なパスポートチェックなどの後、バスも国連が用意したものに乗り換え、ドライバーは韓国軍兵、さらに米軍兵が引率。高まる緊張感。とはいえ、キャンプのグラウンドでは米軍兵士が普段着で野球大会みたいなこともしていましたけどね。

再び統一路に戻りDMZ内に入り、目指すは2km先の軍事分界線上、いよいよ板門店(パンムンジョム)です。

10分ちょっと程度でJSA(共同警備区域)に到着。狭くくねった道をバスが上って、見えてきたのは南側の事務所などが入っている建物、自由の家。バスを降りて、まずこの建物に入ります。入ると中心部に向かい大きな階段ホールのようになっていて、そこでツアー客全員が2列に整列させられます。隊列を乱さないように、急にバンザイしたり、大声上げて騒いだり、走り出したりしないように・・・といった注意事項がガイドから繰り返されます。もしこのようなことをして、撃たれても責任取りません!とのこと。実際、北朝鮮側からですが1984年、当時ソ連の学生が観光で板門店を訪れ、亡命しようと走って軍事分界線を越え、南北軍が撃ち合いになったこともあります。分界線近辺を警備している南北どちらの兵士にも話しかけたり、触れたりはNG。北朝鮮側に手を振ったりピースサインをしたり、指差しもNGだそうです。指差しなんて、つい無意識にしてしまいそうなので、さすがにあまり味わったことのないちょっと独特の緊張感があります。

板門店。会議場と板門閣
▲板門店。会議場と板門閣。自由の家・展望台から。
(JSA)

板門閣前に立つ北朝鮮人民軍兵士
▲板門閣前に立つ北朝鮮人民軍兵士。
(JSA)

大人しく並んで隊列を乱さず、階段を昇り、建物の反対側から出ると、目の前に見えるのはあの青い小屋と北朝鮮側の建物、板門閣。ニュース映像や映画で何度も観た覚えのある光景。まずは自由の家脇にある展望台からエリア一帯を眺めます。ホントいろいろ指差したくなります。でもいろんなとこから監視されてるし、傍には米兵もいるのでグッとこらえます(苦笑)。写真撮影制限も厳しいですが、この塔からはどこを撮ってもOKということなので、グルッと360度撮影。板門閣の前には、これまた御馴染みの軍服に身を包んだ北朝鮮人民軍兵士の姿も見えます。北朝鮮側から板門店ツアーに参加した場合は、あの板門閣最上階の展望室からこうして板門店を眺めるのだとか。

板門店の本会議場内
▲板門店の本会議場内。軍事分界線上に立つ韓国軍兵士と国連旗。
(JSA)

韓国と北朝鮮の軍事分界線上に置かれた縁石
▲韓国と北朝鮮の軍事分界線上に置かれた縁石。右手が韓国側。左手が北朝鮮側。板門店、本会議場内から。
(JSA)

展望台から降りると、次はいよいよあの小屋が並ぶ中核の箇所へ。3つの青い小屋はすべて会議場で、中央が本会議場。韓国軍兵士警備のもと、本会議場に入ります。内壁も青く塗られ、長机と椅子が幾つも並ぶ殺風景な部屋。しかし、そこは、分断された南北朝鮮の対話が何度となく行われた数少ない「接点」。会議室中央には、ちょうど軍事分界線上に置かれた長机。かつて南北が向かい合い、朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた場所。軍事分界線に沿って国連旗とマイクコードが一線に並んでいて、さらに観光客入室時にはその机の脇に韓国軍兵士が立ちます。兵士は北朝鮮側の出口の前にも立ち、観光客が出て行かないよう塞ぎます。北朝鮮側からツアーに来た場合は、逆になり、兵士も北朝鮮人民軍になるそうです。本来はここ板門店は国連が警備し、かつエリア内は南北自由に往来できる場所だったのですが、ポプラ事件と呼ばれる事件をきっかけに30余年、このような実態となってしまっているようです。

小屋脇から半身出して北朝鮮側を警戒する韓国軍兵士
▲小屋脇から半身出して北朝鮮側を警戒する韓国軍兵士。中央会議場内から。
(JSA)

会議場内は写真撮影許可。無言無表情で立つ兵士も声かけや触ったりしなければ写真OKとのことで、みんな大撮影大会となってました。中からなら窓の外も撮って良いとのことでしたが、なんか兵士がずっとこっち見てたので緊張して思わず北朝鮮側を撮り逃してしまいました・・・。なぜか韓国側だけ小屋の端から左右半身だけ出すような格好で、北朝鮮側に向かって兵士が警備しています。北朝鮮側にはこうした警備兵は見当たりませんでした。なんでだろう!?でも、軍事境界線の縁石はドアップ成功。韓国側は砂利が敷き詰めてあり、北朝鮮側は砂地になっています。なんでだろう!?

歴史的背景がなければなんてことはない建物や部屋なのですが、ニュースや映画で観て、且ついまなお分断対立という現実が続く板門店という場所にいる緊張と興奮。そして訪れた後に頭を過る様々な考えや思い。貴重な経験になりました。

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