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2007.09.21

TM NETWORKニューシングル「Welcome Back 2」、10月31日発売決定。12月3日には日本武道館公演!

11月上旬、楽器フェアでのスペシャルライブが発表されていたTM NETWORKが、本格的に活動を再開することが明らかになりました。DOUBLE DECADE以来、約3年ぶり。

まず10月31日はニューシングル「Welcome Back 2」がリリース。その後楽器フェア、渋谷C.C.Lemonホール公演と続き、12月3日は待望の日本武道館公演も決定しています。ライブのテーマは既報の通り"REMASTER"。小室哲哉tributeに業を煮やしたか、本物を聴かせてやると言わんばかりに過去の楽曲をふんだんに曲目に盛り込み、オリジナルアレンジを現代のより鮮明な音響でリマスターして再現させるらしい。globeで3年前に実験的に行った24bitフルデジタル音響を超える音でド肝を抜かす演奏を聴かせてくれることを期待したいです。

そして、12月には待望のニューアルバムも予定され、現在鋭意レコーディング中の模様。先日一部メディアで小室哲哉について吉本興業とのマネージメント契約終了やマーク周辺の問題に伴い心無いネガティブな報道も見られましたが、そんなことは相手にせず、本業で淡々と逆風を跳ね返すのみという感じ。

久々に小室哲哉のチョッパー弾きやハモンドパフォーマンスも見られそう!?TM NETWORK, Welcome Back !!

http://www.oricon.co.jp/news/music/48145/

2007.09.18

エジプト旅行記index

■エジプト航空で、一路カイロへ
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_31aa.html
■赤のピラミッド、階段ピラミッド
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_c693.html
■ギザの3大ピラミッドとスフィンクス
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/3_840b.html
■ルクソールへ。王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭殿。
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_27e6.html
■東岸、神殿巡りとステラビール
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_b0d0.html
■アスワン・ハイダム、ナセル湖、そしてイシス神殿
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_229e.html
■エジプト料理とオールドカタラクトホテル
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_cedb.html
■アブ・シンベル神殿
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_20fd.html
■ヌビアお宅訪問とアベラ・エジプト寝台列車
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_0cca.html
■地中海の花嫁、アレキサンドリア
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_dc9b.html
■ナイルディナークルーズ、エジプト最後の夜
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_ad28.html
■ガーマ・ムハンマド・アリと、ハン・ハリーリ
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_9c8e.html
■考古学博物館、ツタンカーメンの秘宝
http://rurutia.cocolog-nifty.com/chronosphere/2007/09/post_d97d.html

考古学博物館、ツタンカーメンの秘宝

午後。いよいよエジプト考古学博物館へ。
赤い外壁、2階建ての建物はそう大きくはないものの、入口から入るとすぐ広がる1階中央ギャラリーから、所狭しと展示物がいっぱい。たくさんの小部屋の中はもちろん、一見廊下のような場所にまで多くの展示物が置かれています。吉村作治氏がどこかの番組で「博物館というより倉庫」と言っていましたが、言い得て妙。僕らは1時間程度で早足で見学しましたが、ゆっくり見ようと思ったら1日でも2日でも潰せそう。エジプトの歴史の偉大さに改めて圧倒されます。

エジプト考古学博物館
▲エジプト考古学博物館。内部は撮影禁止です。(カイロ)

1階中央ギャラリーのピラミディオンやアメンヘテプ3世と王妃ティイの座像、ロゼッタストーンなどから興味深いものだらけ。でもロゼッタストーンはレプリカ。本物は現在大英博物館。イギリス、返してください・・・。立像や座像の数々には古王国時代(紀元前約2,000年)のものもあり、とてもそれほど昔のものとは思えないほど造形や彩色がしっかりしていて驚きました。

2階はその半分近くがツタンカーメンの宝物で占められていますが、パピルス製の文書や兵士や船などの小さな木像などもあって、当時の国家や人々の状況が垣間見られて面白かったです。

それにしても、やはりツタンカーメン(トゥト・アンク・アメン)の宝の山は圧巻です。圧倒的な質と量。黄金のマスクは、厳重な仕切られ冷房もガンガン効いた何やら雰囲気の異なる少し暗めの部屋に展示。照明に照らされ、妖しく美しく黄金に輝く総純金のマスク。造形が見事なのはもちろんですが、マスクの内側にも何やら文字のようなものが刻まれていたり、いろいろ発見があったりもして、この日は幸いにもそれほど客が多くなかったこともあり、しばらくケース傍から覗き込むように見ました。黄金のマスクの向かいに置かれた黄金の棺も凄い迫力。3重4重になっていた外側の大きな棺も黄金マスク展示室の外の廊下にずらっと置かれていて、その他多数の副葬品も含めて、古代エジプトにおけるファラオの権力の大きさを思い知らされます。若くして即位し短期政権だったとされるツタンカーメンでこの宝物ですから、他の王の権力もいかおうであったのか・・・想像絶するところですね。装身具から立像、玉座、ベッドに至るまで惜しげもなく使われている黄金。玉座の背もたれには妻アンケセナーメンとの仲睦まじい姿が描かれています。そういえば、1階にあったいろいろな時代の座像にも夫婦2人対というものが結構多かったのが印象的です。

最後に、ミイラ室へ。ツアーの予定としてはなかったのですが、多少時間があるので希望者は見学OKということで。100L.E.別料金でしたが、もちろん入りました。それほど大きな部屋ではないですが、ミイラが十数体くらい、ショーケースの中に横たわっています。全部かつて王国の時代にファラオや王妃として"生きた"人たちですから、冷静に考えると凄い部屋ですよね(苦笑)。あのラムセス3世のミイラもありました。今回の旅行でエジプト全土でその名前を毎日のように聞いた強大なファラオの姿。眠り続ける意外と小さなその黒く固まったその身体。神の地で永遠の命を授かったかどうかは分かりませんが、彼のミイラが何千年という時代を超えて歴史を語っているということは、ある意味時を超えて生きていることにはなるのかもしれませんね。エジプト考古学博物館の興味深い展示物の数々。エジプトの最後を締め括るにふさわしい場所でした。

車道脇を歩くラクダ
▲車道脇を歩くラクダ。市街でもロバや牛もまだまだ見られる。(ギザ)

すべての観光を終え、カイロ国際空港へ向かいます。空港ロビーで、スーツケースと手荷物を改めて荷造りし直して、飛行機の出発を待ちます。往路では気付かず寄る時間もありませんでしたが、空港内には免税店や売店はもちろん、スターバックスやマクドナルドもあります。みんなマック・アラビーヤにチャレンジしていました。日本への帰路も、エジプト航空。17:50カイロ発、成田直行便です。長いようで短かったエジプト旅行の終わり。ま、家に着くまでが旅行ですけどね(笑)。

カイロ国際空港にて
▲帰路、カイロ国際空港にて。5度のエジプト航空。お世話になりました。(カイロ)

エジプトは、必ず行ってみたい国の一つでしたが、やはり期待通り興味深い面白い国でした。お腹壊したり、いろいろあったけど、本当に楽しかった。欲を言えば、十何年後かまた何度かは訪れたいとも思います。シナイ半島やオアシス、スエズ運河など、古代エジプト中心の今回のツアーとはまた違った視点で訪れたい場所もたくさんありますから。

帰って少し経った今でも思い出すと興奮しますし、なんだか夢を見ていたようでもあります。カルカデの味が忘れられず、家でもハイビスカスティを入れてみたりしながら、次は旅行どこへ行こうかなぁとか考えている今日この頃です。

エジプトの紙幣
▲エジプトの紙幣。例に漏れず、汚い臭い・・・。上から5ポンド、1ポンド、50ピアストル、25ピアストル。

ガーマ・ムハンマド・アリと、ハン・ハリーリ

バス乗り場
▲ホテル前にあったバス乗り場。ワゴンサイズの乗り合いバスと乗客が密集しています。(カイロ)

7日目。エジプト滞在最終日は、首都・カイロの市内観光。朝8時前、私服警官同乗のバスで、ラムセス・ヒルトンを出発。観光スポットはツーリストポリスによって厳重な警備がされていることは前にも書きましたが、カイロやルクソールなどではさらにバスには私服警官が同乗することがあります。テロ対策としてどれだけの効果があるのかは正直分かりませんが、観光収入保護へのエジプト政府の強い意気込みだけは伝わってきます。そういえば、昨日アレキサンドリアへのバスにも乗っていたと思いますが、あれ?スピード違反のことは・・・!?ま、それも観光第一!?(苦笑)海外からのお客様を守る使命と比べたら、そんなことはいちいち問題ではない!のである。たぶん。

ガーマ・ムハンマド・アリの中庭
▲ガーマ・ムハンマド・アリの中庭。右手に見えるのは、創建時フランスから寄贈された時計塔。しかし建設されて数年後からいままで動かないままらしいです。(カイロ)

ガーマ・ムハンマド・アリ
▲ガーマ・ムハンマド・アリ。ムハンマド・アリのモスク。(カイロ)

まずは、ガーマ・ムハンマド・アリへ。19世紀オスマン朝から独立しエジプトを治めたムハンマド・アリが1857年に創建した礼拝堂(モスク)で、イスタンブールのガーマを真似て作られたそうでオスマン朝の様式が色濃く、その豪華さ、美しさには目を奪われます。まるでイランやトルコなど中東の国に来たかのような気分になります。敷地内は中庭なども含めて靴を脱いで入ります。女性は露出の多い服などを着ていると注意され、布を渡され羽織るよう言われたりします。建物内部も随所に幾何学模様や細かな装飾が凝らされていてシャンデリアやランプが灯され、とても美しく、しばらく絨毯の床に座り天井を見上げていました。マッカ(メッカ)の方向の壁にはミフラーブと呼ばれる窪みが作られていて、その脇には指導者が上に立って説教するという説教壇があります。まばゆい金色に彩られ、荘厳でした。

ガーマ・ムハンマド・アリ。ミフラーブと説教壇
▲ガーマ・ムハンマド・アリ内部のミフラーブと説教壇。(カイロ)

ガーマ・ムハンマド・アリの高台から眺めたカイロ市街
▲ガーマ・ムハンマド・アリの高台から眺めたカイロ市街。(カイロ)

ガーマ・ムハンマド・アリは少し高台に立っていて、その裏庭(?)から眺めるカイロ市街の景色も印象的でした。幾つか同じようなモスクも見えたりして、古代エジプトの遺跡ばかり巡っているとつい忘れがちになりますが、イスラム圏であるエジプトを改めて実感しました。

ハン・ハリーリ、ムスキ通り
▲ハン・ハリーリ、ムスキ通り。(カイロ)

ハン・ハリーリ
▲ハン・ハリーリの金属細工、シーシャ。(カイロ)

続いて向かったのは、ハン・ハリーリというカイロ一のバザール。14世紀から続くスーク(市場)で、現代ではお土産屋など観光者向けの店が多い。目立つガーマ・ホセインのミナレット(尖塔)前を待ち合わせ場所に自由行動。ラマダーンの午前ということで、幾つかシャッターを閉めている店があったのは残念でしたが、それでも多くの店がひしめき合っていて、金属やガラスの工芸品、宝飾品の店など様々。中央のメインストリートは、いかにも観光客向け、お土産といった感じの店が多いのですが、ちょっとはずれのほうだと、布地や服飾店、香料や食材いを扱った食料品店もあったりして、見ていて飽きません。呼び込みはうるさいし、当然の如く値段もふっかけてくるので値段交渉は面倒臭いですけどね・・・。噂によると、ここの店主たちは観光客慣れしているので値切るのもかなり手ごわく上手らしいです。とはいえ、もうすぐ帰国。そろそろお土産も揃えておかなくてはということで、僕も香水ビンや干したナツメヤシ(デーツ)のお菓子などを買いました。香水ビンは、客がバンバン落としたり倒したりして割ってしまっているのに、「No problem, No problem」と言っている店員がちょっと面白かったです(笑)。それだけ割れても損しないくらいの値段をつけてるのかもしれませんが、そのマーレーシュの精神に敬意を払って買っちゃいました。ナツメヤシのお菓子は、アーモンド入りのもあって、干し柿のような感じでとてもおいしいです。見かけがいまいちなんで、帰って会社などで配ったら反応はいまいちでしたけど(汗)。ま、見掛けにとらわれ中身が分からないような連中はほっとけということで!?ナツメヤシは、とても栄養価が高く、美容にもいいらしいですよ。ただ、お菓子としてはカロリーが高いということにもなるので、食べ過ぎには注意です。

ナツメヤシのお菓子
▲ナツメヤシのお菓子。上がアーモンド入り。箱の中にたっぷり入ってます。

ガラス製の小さな香水ビン
▲ガラス製の小さな香水ビン4本。

一通りお買い物を済ませたら、他のメンバーを待って、市場にあるマクファと呼ばれる喫茶店に入って一服することに。僕はホット紅茶を注文。ガラスのコップに茶葉をぶち込んで出てきましたが、ホテルで出たリプトンのティーバッグよりはおいしかったかも。シーシャも人が頼んだのをちょっと吸わせて貰っただけですが、水"タバコ"とはいうものの、なんだかストロベリーのフレーバーでデザートのような感覚でした。

お昼は、もうさすがにエジプト料理も少々飽きたろうということで、エジプト風韓国・中華料理店(なんじゃそりゃ)へ。でも、肝心なキムチはしょっぱいし、酢豚や天ぷらも微妙でいまいち。なんでも韓国系エジプト人の女性オーナーということで、「おいしいですか?」と挨拶に回ってましたが、何とも言いようがありませんよね(苦笑)。酢豚の肉がとても細切れだったのですが、一応豚らしいのにはビックリしましたが。数%とはいえイスラム以外の信教の方もいますし、一応エジプトでも手に入ることは手に入るんですね。

▲ガーマ・ムハンマド・アリ。モスクの内部。(カイロ)

2007.09.17

ナイルディナークルーズ、エジプト最後の夜

ナイル・ディナークルーズのクルーズ船
▲ナイル・ディナークルーズのクルーズ船、ナイル・クリスタル。(カイロ)

アレキサンドリアからカイロに日帰り。カイロ、そしてエジプト最後の夜は、ナイル川でディナークルーズです。僕らが乗船したのはナイル・クリスタル(たぶん)。食堂が2フロア、その上は船上後部デッキに出られるようになっています。桟橋から船内に入ると、カーペット敷きで、金キラの階段やエレベータがあるホテルのようなエントランスホール。ただ、食堂はそこまで豪華絢爛というほどの感じではなく、食事もビュッフェスタイル。服装もほとんどの人はラフな装いで、気軽にちょっと優雅な気分が味わえるといったところでしょうか。

席に着き、飲み物を注文してしばらく待って20:00時に出発。ほどなくして、料理のワゴンが用意され、お食事がスタートします。食事は肉とかはちょっと硬かったりして、まずまずでした。フロア中央のスペースがちょっとした舞台のようになっていて、出発から30分ちょっと経ったくらいから、そこでショーが始まりました。初っ端は、白いスーツのちょいメタボなサミュエル・ジャクソンといった風貌の歌手が登場、甘~いムード歌謡のような歌を歌い始めます。その後、ビートルズの軽快な楽曲や女性歌手も現れてデュエットなど数曲を披露。

続いて何やらピーヒャラ笛やトントコ打楽器を使った民俗音楽的な演奏、美しい民族衣装を纏った女性が複数人登場し、注目のベリーダンスへと突入。ただ、ベリーダンスと言えばいわゆるセクシーで激しいものをイメージしていたのですが、この日はちょっと違って、エスニックで伝統的な雰囲気を強調した踊り、演出といった感じでした。衣装もメインダンサー意外は口や顎を隠すなど、添乗員さん曰くラマダーンに入ったということで意識的にかなり露出を普段より控えていて、演目も考慮しているようだとのこと。とは言え、それはそれでとても楽しめました。今回の旅行、ラマダーンの期間だったものの観光自体にはほとんど支障はなかったですが、ルクソールで目撃した大勢一斉の礼拝(サラート)しかり、比較的ライトなエジプトにおいても、イスラーム教徒の敬虔さは改めて実感しました。

ベリーダンスショー
▲ベリーダンス。ベリーとは"お腹"のことだそうですが・・・。(カイロ)

美しい女性のダンスの後は、コント仕立ての寸劇。言葉がアラビア語なので細かいことは分かりませんが、何やら、指揮官と部下の兵2人、将軍の妻といった登場人物の模様。家では妻に尻に敷かれる指揮官が、部下に厳しく指導する日々に、なんやかんやハプニングが起きるといった感じの話(と思われます(笑))。部下を横に並ばせて「気をつけ!」「なおれ!」と号令をかけると一人の部下が、隣の部下の足を踏むみたいな(笑)、ドリフばりのコテコテコントを繰り広げてました。西欧人の観客の一人が部下兵役としてステージに上げられて、これがイイ味出してウケてみんな爆笑でした。

スーフィーダンスショー
▲スーフィーダンス。いつもより多めに(?)回っております。(カイロ)

最後は、民族衣装の男性2人が、スーフィーダンスという踊りを披露してくれます。スーフィーとはイスラーム神秘主義のことで、自我を解き放ち神とシンクロする行為などを指すらしいです。ま、簡単に言えば一種トランス状態になって踊る感じでしょうか。エジプトでスーフィーダンス(タンヌーラ)と呼ばれる踊りは、裾が円く大きいスカートとやはり大きく円いドーナッツ状の布を持って踊る旋回舞踏。凄い回数、凄い速さでひたすら回りまくります。時にその円い布を頭上でピザ職人のように廻したり、客席も縦横無尽に動き回りクルクルクルクル。目瞑ったり、首を据えたり、工夫はしているようですが、それにしてもよく目が回らないなぁ~!と思ったら、踊り終わったら一人はちょっと目が回って、さらにちょっと気分悪そうでした(苦笑)。そりゃぁ、そうなるでしょ。確かにトランスするかもな~って思いました。こういった観光ショーならともかく、宗教的儀式としてはトルコなどでは規制されているくらいらしいです。客席も座っている頭上をぶんぶんスカートや布がかすめたりして、ループする音と風景になんだかとても盛り上がりました。

クルーズ船の甲板
▲クルーズ船の甲板。ナイルの夜景。(カイロ)

充実した内容でショーが終わってから船の終着までは20分弱の時間。ナイルの夜風と夜景を楽しまないとというわけで、急いで甲板へ出ます。ド派手な電飾をしているホテルなどはあるものの、川辺のカイロ夜景はオレンジの外灯中心で、意外と暗い印象。でもその程好い明かり具合が逆に良い雰囲気でした。伝統的なダンスとディナーを堪能し、忘れられない一夜となりました。

明日は一日カイロを観光して、夜はもう飛行機の中です。エジプト最後の夜は、ラムセス・ヒルトンに宿泊。腹壊した時は1週間ももつかなぁなんて弱気になったこともありましたが、部屋から望むカイロの街とナイル川の夜景、明日から見られないと思うと寂しさが急に押し寄せてきました。

ラムセス・ヒルトン・ホテル
▲ラムセス・ヒルトン・ホテル。広く快適なお部屋。でも洗面台の蛍光灯は切れ掛かってたり、ドライヤーがめっちゃ風力弱かったり(笑)。マーレーシュ!(カイロ)

地中海の花嫁、アレキサンドリア

6日目。ギザからバスでアレキサンドリアへと向かいます。途中、高速道路と思われる道路で急にバスがスピードを落とし路肩に寄せ、さらにバックを始めます(!)。なんでも法定速度を超えて走っていたところ、警察らしきスピード計測器の前を通ったことに気付いたらしい。そこまで戻る模様。オイオイ・・・。少し先に設置されている検問にスピードや車種を報告するのか、計測器の傍には係の人間が座っています。バスがバックで近くまで戻ると、運転手は降りてその係の男に話しかけ、何かを渡します。・・・ワイロ・・・?とにもかくにも、あ~ら不思議、その先の検問ではバスはスルーできました(苦笑)。エジプトでスピード違反は結構厳罰らしく、運転手も必死でした。末端警官の収賄、ま、ある意味、海外ではよくあること、という気もしますが。

交差点。黄黒はタクシー。カイロは白黒
▲交差点。黄黒はタクシー。カイロは白黒。(アレキサンドリア)

路面電車
▲路面電車。これがまた渋滞に拍車をかけてます(笑)。(アレキサンドリア)

約2時間30分。アレキサンドリアの街に入ります。交通事情はカイロも酷いですが、エジプト第2の大都市であるここも相当酷い。三車線の道路を四列の車列が走っています(笑)。交差点もグチャグチャ。鳴り響くクラクション。その上、馬車やら、路面電車まで走っていて半ばカオス状態。渋滞でなかなか目的地に着かないのはまいってしまいますが、その活気にはなんだかこちらも楽しくなってきたりもして。街並みも少々カイロとは雰囲気が違います。その名の通りエジプトまで遠征しファラオともなったアレキサンドロス大王が基礎を築き、その後のプトレマイオス朝時代に栄えた地中海に面する大きな港町。現在も国際都市としてどこかヨーロッパの匂いを漂わせています。

まずはコームッシュアーファのカタコンベを訪れます。ゲートを入っても何もないよ?と思いきや、少し奥に何やら入口があり、中には大きめの井戸のような穴が。取り巻くように地下へと続く螺旋階段を降りていきます。カタコンベとは地下墓のこと。地下結構深いところまで掘られていて、底にはいくつかの小部屋と奥にたくさんの共同墓穴があります。現地ガイドさんは初めて日本に来てカプセルホテルに泊まった際、このカタコンベを思い出したそうです(笑)。

ポンペイの柱
▲ポンペイの柱。(アレキサンドリア)

次に近くにあるポンペイの柱へと向かいます。3世紀頃ローマ帝国時代の建造物の400本あった柱のうちの1本だけが残ったとされるなんだか不思議な遺跡。街中の小高い丘の上にポツンと、いやスフィンクスを両脇に従えて立っています。周りには荒廃しているもののローマ時代のものと思われる水浴び場や貯水槽の遺跡も発掘されていました。この日は気温は30度台と思われるものの、海辺で少し湿気があるからか、やはり暑い。ポンペイの柱の岩場の照り返しも堪えます。

トキのミイラ
▲鳥(トキ)のミイラ。国立博物館にて。(アレキサンドリア)

アレキサンドリア国立博物館にて
▲なんだか分からん(笑)。愛らしかったので。国立博物館にて。(アレキサンドリア)

アレキサンドリア国立博物館へ。暑さを凌ぐには絶好の室内。っていうか、めっちゃ冷房効いてます。地下のトイレも2003年に建てられた新しめの建物だけあってキレイ。トイレといえばエジプトのトイレ事情も、超ダーティなところ、便座がなかったり壊れてることはしょっちゅう。ドアの鍵が閉まらなかったり、そのくせチップ目当ての従業員(従業員かどうかも定かでない人間も(苦笑))はスタンバイしてたりで、外国旅行の例に漏れず(?)苦労させられました。ま、中国よりはマシだった気もしますけど。当然ティッシュ等は携帯必須、流さずゴミ箱が基本です(ホテルやレストランなどは一部大丈夫ですけどね)。

トイレに話逸れましたが、博物館。地下1階、地上2階ですが、そんなに広くないです。でも、海底から引き上げられた遺物やグレコローマン時代、コプト教やイスラム教関連の展示品などもあって、なかなか興味深いです。まだアレキサンドリア沖にはクレオパトラの時代なども含めてたくさんの遺跡や遺物が沈んでいるみたいです。エジプトは海まで貴重な歴史がまだまだ多く眠っているということですよね。

すっかり涼んだ(っていうか寒いくらいでした)後は、昼食。フィッシュ・ボーノというシーフード・レストランへ。お決まりのエイシやモロヘイヤスープのほか、ナイルパーチのフライなどを頂きました。あとエジプトは、生ジュースもおいしい!レストランには必ずといっていいくらい、マンゴやグァバなどの生ジュースがあります。スーク(市場)にはジューススタンドなどもあります。意外とお腹にはよくないかもしれませんが、ウマいのでついつい飲んでしまいます。

栄養補給も済んだ後は、アレキサンドリアといえば地中海~!というわけで、カーイトゥ・ベイの要塞が見える海岸沿いへ。雲もほとんどない突き抜けるような青空の下、美しく広がる海の景色。海の向こうはトルコです(もちろん見えません)。潮の薫りも漂い、やはりナイルの河とはまた違った味わいのある風景。ただ、なんだか凄い波が荒かったです。日本海かってくらい(笑)。この日は風が強かったからなのかな。

カーイトゥ・ベイの要塞
▲カーイトゥ・ベイの要塞。地中海沿岸。(アレキサンドリア)

カーイトゥ・ベイの要塞は、15世紀に建てられた要塞。しかし、かつてこの場所には134mにも及ぶ大灯台が建っていたそうです。大灯台は紀元前3世紀頃プトレマイオス朝時代に建てられ、8世紀と14世紀の地震で崩壊するまで世界の七不思議の一つにも入れられていたとか。要塞はその残骸を利用して建てられていると言われています。現在の白い要塞も地中海と相まってなかなか見応えのある外観ですが、やはり大灯台をこの目で見てみたかったなぁ。ちなみに現代、世界一高い灯台は我等が日本、横浜マリンタワーの106mだそうですから、大灯台はそれよりも30m近く高かったことになります。まさに海辺のピラミッドの如く、圧倒的な光景だったでしょうね。

人生初の地中海の風を身体で覚え、アレキサンドリアの街を後にします。と言っても、やはり午後も凄い渋滞で街を出るまでもかなり時間がかかりましたが。行きにも通った高速道路では、途中ドライブインに休憩を兼ねて寄りました。喫茶・軽食屋のほか、Sweet Marketと看板の下に、お土産風の菓子折りを売っているブースとコンビニやキヲスクで売ってるようなガムとか飴とかを売っているブースがあり、みんなでいろいろ買いました。ナツメヤシ入りクッキーはおいしかったけど、ガムは不味かった。でも楽しいし、お土産にもいろいろ買いました。

2007.09.16

アブ・シンベル神殿

5日目。朝8時過ぎの飛行機で、アスワンからさらに南のアブ・シンベルへ。30分くらいのフライト。乗ったらバス感覚ですぐ着きました(笑)。アブ・シンベルは、スーダン国境も近い上エジプト最南端の街。但し、日帰りのため街は素通り。空港から直接アブ・シンベル神殿のあるナセル湖岸へ。

バスで到着し、敷地入口のゲートを抜けると、眼前には、台形の人工砂山といった感じのドーム。中央には小さな入口のようなものも見えます。どうやらこちらは裏側らしい。その山にグルッと周り囲むように左右両方向に続く遊歩道。南側からドーム正面へと向かいます。ドームの向こうはナセル湖が広がっています。アスワンから280km離れたこの地でも変わらぬ広大な湖の光景。これが人工湖だというのですから、改めて驚きです。

アブ・シンベル大神殿
▲アブ・シンベル大神殿。(アブ・シンベル)

遊歩道を進んでいくと徐々に見えてくるドーム正面。岩壁に築かれた巨大な神殿が姿を現します。アブ・シンベル大神殿。大きさ、荘厳さ、美しさ、・・・世紀を越え紀元を超えた建造物、その存在感に圧倒。世界中の古代文明の像や画というと原始的であったりともすれば稚拙な雰囲気のものも少なくないと思うのですが、エジプト文明においては全くそうは感じさせない、とても紀元前何千年といった時代のものとは思えない造形や表現力で本当に驚かされます。入口で圧倒的な存在感を示す4体の巨大なラムセス2世座像(高さ20m)しかり、内部のいきいきとしたまた多彩な描写の壁画しかり。神殿内にびっしり描かれた壁画は何度ずっと見ていもなかなか飽きないほど見応えがあります。古代エジプトの中でも一際強大な権力を誇ったといわれるラムセス2世の凄さをひしひしと感じました。

神殿裏の概観からも分かるとおり、このアブ・シンベル神殿もあやうくナセル湖に沈むところを移転された遺跡の一つ。本来はいま立っている湖岸の側面、水面に隠れた下方に位置していたそうです。先日も少し書きましたが、この神殿の保護がユネスコ世界遺産創設の大きなきっかけになったと言われています。確かに一度この素晴らしい遺跡を見たなら、それが水に沈むのを見過ごすことは誰も出来ないだろうなと思いました。

アブ・シンベル大神殿
▲アブ・シンベル大神殿。ラムセス2世4つの巨大座像。(アブ・シンベル)

ちなみに、大神殿中央の通路には、年2回まっすぐ入口から朝陽が入り込み、奥行き止まりにある至聖所の壁の座像を照らし出すそうです。紀元前千数百年にそういった計算や設計をしていたというだけでもびっくりですが、さらに、その座像はアメン・ラー神、ラムセス2世(自己顕示欲高し(苦笑))など4つあるのですが、一番左にある闇夜の神プタハの顔や半身にだけは光が当たらないとか。この話を聞いて、もう鳥肌の立つような何とも言えない感動を覚えました。ちなみに、年2回というのは2月22日と10月22日なのですが、移転前はより南東の低い位置に立っていたため2月20日、10月20日で、その2日は、ラムセス2世が生まれた日と王に即位した日ではないかとされているそうです。エジプト、やっぱ凄ぇや!

アブ・シンベル小神殿
▲アブ・シンベル小神殿。王像と王妃像。(アブ・シンベル)

大神殿と並んで隣には小神殿があります。ラムセス2世が王妃ネフェルトアリと子供たちのために立てたと言われています。大きさこそ大神殿には及ばないものの、やはり圧巻。ネフェルトアリの像もラムセス2世の像に寄り添うようにしきりに作られており、ラムセス2世のネフェルトアリへの愛がひしひしと伝わってきます。小神殿内のレリーフも素晴らしく必見です。

アブ・シンベル神殿
▲アブ・シンベル大神殿と小神殿(左から)。(アブ・シンベル)

この日のアブ・シンベル、お昼に近づくにつれ気温は摂氏46度を超えました。暑い!太陽が肌に焼け付くよう。日差しも眩し過ぎ目に痛いほどです。皆サングラスをしていて、僕も持って行ってはいましたが、実は結局あまりかけませんでした。というのは、やはりなるべくフィルタを通さず、いろいろなものを目に焼き付けておきたかったから。ただでさえメガネなので、その上にさらに色付きのフィルタをかけることは出来るだけ避けたかった。ま、気持ちの問題なのですが、でも眩しい日差しも旅の記憶としてそれでよかったかなと思っています。

さて、昨日は最悪の体調で一部予定もキャンセルしたわけですが、そうして思い切って休養した甲斐あって、熱は下がりお腹の調子はまだ厳しいものの痛みはかなり緩和し、トイレを多少気にする以外はどうにか観光を続行できそうなレベルに回復。暑さは堪えますが、そうも言ってられません!ま、感じ方によっては46度というほどは湿度が低いこともありきつくない感じですし。

昼過ぎには空港に戻り、再びアスワンへ。スーツケースなど大きな荷物を預けっ放しのホテルへと一度戻ります。

ヌビアお宅訪問とアベラ・エジプト寝台列車

午後。アスワンのホテルへ戻り、夕方の出発まで休憩なり自由行動ということで一旦解散。と、ここで、エジプト人ガイドさんから嬉しい提案。ホテル近くのヌビア人民家がお宅訪問を受け入れてくれるという。本来のツアー日程には全くなかったオプションで、時間に余裕があるときは交渉してOKが貰えればということで考えていたらしい。希望者のみの参加でしたが、エジプトで一般の家にお邪魔する機会もそうはないだろうということで、是非にと参加しました。

ヌビア人のお宅を見学
▲ヌビア人のお宅を見学させて頂く。(アスワン)

お邪魔したのは、エジプト人といってもアスワンならではの南部ヌビア系のアブさんという方のお宅。夫婦と両親、妹が一緒に住んでいるとか。家はレンガ造なのかな!?外観はコンクリっぽかったけど。内壁はキレイに漆喰のような感じに塗ってあります。派手ではないけど、しっかりした鉄製の玄関扉など、それなりの造り。玄関を抜けると建物の中ほどは通路ようになっていて屋根がありません。母屋と別棟がある感じ。玄関入ってすぐ脇の応接間にまずは通されました。

ヌビアお宅訪問
▲ヌビアお宅訪問。応接間の壁と天井。(アスワン)

応接間は、ワインレッドのソファや木製テーブルなどがあります。壁際の棚には置物が置いてあったり(主人のアブさんは観光地などで置物を売る仕事をしているらしい)、またテーブルの上にはお香のようなものもありました。キレイに掃除されていて、いかにも応接間といった雰囲気。壁にはアラビア文字のタペストリーや、お爺ちゃんの肖像画、そして尊敬するイスラムの宗教指導者だという肖像画がかかっています。家の入口や部屋にもところどこに金色のリボンや紙で作った何かのメッセージのような飾り物がしてあって、これは何ですか?と尋ねたところ、数日前に家族が結婚式を挙げたそうで、その飾りが残してあるということらしい。あやかりたい。

応接間に入ってしばらくして、奥さんがお茶を入れて出してくれました。カルカデです。やはり一般家庭でも飲まれているんですね。すっかりくつろいじゃうツアーメンバー。この日の気温も40度を超えていたと思いますが、天井にシーリングファンはありますが、10畳程度の部屋に10人以上押し入って(笑)、クーラーがなくてもそれほど暑くないから不思議。

結構ゆったりと座談した後、寝室やキッチンなど何部屋か見学させて頂く。格子と木製の扉だけでガラスのない窓があったり、壁や床も煤けていたり、決して豊かではないけれど、それなりに小奇麗にはしてあって、電気ガス水道はもちろん、洗濯機なんかもあったし、やはりエジプトはアフリカの国の中ではまだマシなほうなのかなという感想は持ちました。キッチンでお母さんと僕らのお茶の後片付けをしていた娘さんに、お茶と見学のお礼の意味で「Thank you」と言うと、しきりに照れていたのが純朴で可愛かったです。

去り際、アブさんとお母さんとスリーショットで写真を撮らせて貰いました。普段人見知りの僕が、肩組んで(笑)。よい記念になります。

ナイルの夕焼け
▲ナイルの夕焼け。アスワンの道路から。(アスワン)

アベラ・エジプト寝台列車、1等寝台
▲アベラ・エジプト寝台列車、1等寝台。左の球形部分は洗面台。

夕刻、アスワン駅へ。復路は鉄道の旅です。アベラ・エジプト社が運営しているアベラ・スリーピングトレインという寝台列車カイロ行きの1等客室。日本では(現地や他国ではそうでもないらしいのですが)ナイル・エクスプレスなんて愛称で親しまれています。寝台客室は2人1部屋で、各部屋には洋服掛けや鏡、小さな洗面台まであります。あまり水の出が良くないと聞いて、手洗い用のミネラルウォータなんかも事前に買って乗り込んだのですが、意外と大丈夫でした(もちろん飲めはしないですけど)。大きい荷物は、部屋天井の廊下側隙間部分のスペースに置くか、荷物室に預けます。クーラーも効いているし、なかなかの設備です。トイレは共用で各車両に2基ずつ設置。洋式便座、洗面台もあって、結構広めのスペース、場所にも寄りますが、僕が利用したところは清潔さもまずまずでした。ただ、トイレの水の出はいまひとつですし、線路に捨て落とすタイプです。

18時過ぎ出発。出発してすぐに車掌が夕食の飲み物を聞きにまわって来ます。夕食の飲み物は有料、但し夕食、朝食(ワンドリンク付)は列車の代金に込みです。夕・朝食は運んできてくれるので、各部屋で個別に食べます。部屋食は飛行機と同じようなグリルボックス。見栄えはいまいちなものの、牛肉の煮付けやフライなど、味は一般的には少々塩辛いかもしれませんが、ジャンクフード好きの僕としては結構いけました。軽食やお酒を出してくれて、バーカウンターもあるクラブカーという車両もあります。

アベラ・エジプト寝台列車の夕食
▲車内で出される夕食。ボリュームは充分。(アベラ・エジプト寝台列車)

少し他のツアーメンバーと話した後は、まだ僕も体調が絶好調ではなかったので、今後のために早めに就寝することに。通常21:00過ぎに車掌が来てシート席を寝台にベッドメイキングしてくれるのですが、夕食食べてそのままコックリコックリしていた僕に気付いてか、夕食下げる時に早めにやってくれました。窓の外はときたま田舎の駅に止まりますが、至って真っ暗。時々道路や田舎町の外灯が見える程度。

列車は正直結構揺れます。最初は寝れるかなぁとかちょっと心配したのですが、部屋やベッドは至って快適だったので、逆にその揺れがいい揺り篭効果となって、思いのほかグッスリ眠れました。おやすみなさい~。

翌朝は6時前、車掌のモーニング・ノックで起こされました。ベッドをシート席に戻し、ほどなくして朝食が配られます。僕らは終点カイロの一つ手前のギザ駅で降りることになっていて、もう1時間もしない後に到着するとのこと。この列車、予定より遅れることも多々あるそうなのですが、この日は早過ぎるくらい順調だった様子。そういえば、今回の旅行で飛行機が遅れたりスケジュールが間に合わなくて中止になるということだけはなかったです。何でも神の思し召し次第、「マーレーシュ」(気にするな)が口グセのエジプトにあって、これはラッキーだったかも。

ギザ駅にて。寝台列車
▲ギザ駅ホームから。右が乗ってきた寝台列車。(ギザ)

ギザ駅
▲ギザ駅。小さくも、なかなか洒落た駅舎じゃない?(ギザ)

ギザ
▲ギザ駅周辺から。ストリートの向こうにピラミッドが見えます。(ギザ)

2007.09.15

アスワン・ハイダム、ナセル湖、そしてイシス神殿

ホテル中庭にあったシーシャ喫煙所
▲ホテル中庭にあったシーシャ喫煙所。(ニューウィンター&パビロンパレス)

4日目。4時半起床。スーツケースもポータに預け、集合時間まで少し時間があったのでホテルの中庭を軽く散歩。キレイなプールやシーシャ(水たばこ)喫煙所がありましたが、早朝でもちろんまだクロース。でも掃除係はもう一生懸命掃除していました。

今日は8:00前の飛行機でアスワンへ移動。ルクソールから40分ほど。キャビンの窓から見えたナイル川とどこまでも続く砂漠は印象的でした。空港からはバスに乗り換え、まずはアスワン・ハイダムに向かいます。

アスワン・ハイダムは、周囲の工事後放置といった感じの荒地、発電所から延びる送電線を越えたところに、突如現れる巨大な人口建造物。幅3.6km、高さ111m。第2代大統領ナセル時代に建設され、まさに「現代のピラミッド」「ナセルピラミッド」とも言えます。そして、その堰き止めた南側、河上スーダン方面には、世界一の人造湖ナセル湖が広がります。上流500kmに渡って続くとか。もう見渡す限り、本当に広くてまるで海です。でもこのダムと湖、建設当時はナイル川流域にある遺跡の数々を水没させてしまうということで、物議を起こしいろいろ大変だったというが経緯あるのです。これから訪れるイシス神殿やアブ・シンベル神殿をはじめ重要な遺跡はユネスコによって、移設され(!)ましたが、小さな遺跡や歴史的遺物が(発見されていないものもあるかもしれないことを考えても)数多く湖の底に沈んでしまっていることになります。こうした出来事がかの「世界遺産」創設のきっかけにもなったとか。いろんな意味で恐るべしエジプト!ただ、ナイル川の氾濫、干ばつを防ぎ、エジプトの水源、発電源として多大な貢献をし、今日のエジプトの安定への多大な貢献も認められるので、一概に良し悪しは断定できないのかもしれません。何はともあれ、現代も昔もやることがでかいです(笑)。

ナセル湖
▲ナセル湖。アスワン・ハイダムから望む。(アスワン)

アスワン付近から南は、ヌビア地方と呼ばれ、アラブ系とはまた異なる(いわゆるアフリカンな感じともちょっと違う)黒人系のヌビア人という人たちが多く見られるようになります。かつては下エジプトの古代エジプト人と対峙して戦ったこともあり、またある時代にはエジプトの傭兵として諸外国と戦ったこともあるらしいです。いまもヌビア人同士の間では独自の口頭言語(文字がない)ヌビア語を一部用いていて、ガイドさんはアスワン出身のアラブ系だったのですが、ヌビア人の友人がいて、でもヌビア語は全く理解できないそうです。

ボートでイシス神殿へ
▲ボートでフィラエ島、イシス神殿に向かう。(アスワン)

さて、壮大なナセル湖を堪能した後は、イシス神殿を見学すべく、バスはアスワン郊外にあるボート乗り場へと向かいます。なぜボートか。そう、イシス神殿はフィラエ島というナイル川に浮かぶ島の上にあるのです(かつては傍の別の島にあったが上述の通りダム建設による水没を逃れるため現在の島(アギルキア島)に島名ごと移設)。20人以上乗れる結構大きなモーターボートに乗って、途中船員(?)たちのお土産プレゼンテーション(絵葉書セット5$、ナイル遺跡マップ5$だったかな)などを受けつつ、ナイル川を島に向かって渡ります。青い空に広がる水面、そこに近づいてくる神殿の築かれた小さな島・・・。なかなかロマンがあって、神秘的な風景。

イシス神殿
▲イシス神殿。外庭の列柱と第1塔門。(アスワン・フィラエ島)

イシス神殿
▲イシス神殿。第1塔門の壁画。左がイシス神、中央がホルス神。(アスワン・フィラエ島)

イシス神殿。オシリスが住んだ島で、その妻イシスがホルスを産んだのもこの場所とされる神聖な島(正確には今は隣の島ですけど)。炎天下の見学でしたが、見所が多く興味深かったです。第1塔門のいまなおくっきりと彫りが残る壁画は立体感があって、圧巻。神々の物語が描かれ、思わず引き込まれます。奥には後の時代に築かれたコプト教の教会や礼拝堂などもあります。木陰に座って、眺めていると周囲の川面と島々の風景、空気と相まって、ずっと見ていても飽きない感覚でした。

イシス神殿
▲イシス神殿。(アスワン・フィラエ島)

フィラエ島からナイル川東岸に戻ると、再びアスワン市街に向かい、途中、古代石切り場のあった場所に立ち寄ります。ここには、「切りかけのオベリスク」があります。石切り場に作られた木製の階段をえっちらほっちら上って行くと、斜めにオベリスクが1本横たわっています。先端手前の付近に縦横亀裂が入っています。これが原因で失敗とされ放置されたようです。そうした石切りの技術も凄いですが、しかし当時どうやってここから例えば先ほどのイシス神殿とかに持っていったのでしょうか。丸太に乗っけて延々と?・・・気が遠くなる話ですよね。改めてピラミッドや神殿建設の凄さを実感しました。

切りかけのオベリスク
▲切りかけのオベリスク。中央の斜めの石柱がそれ。(アスワン)

エジプト料理とオールドカタラクトホテル

昼食前、今夜宿泊予定のニューカタラクトホテルに一旦スーツケースなど大きな荷物を置きに寄ります。ニューカタラクトは、1930年代、かのアガサ・クリスティが滞在し、ここを舞台とした推理小説「ナイルに死す」(名探偵ポワロものの一編)を執筆、小説やその映画化「ナイル殺人事件」の舞台にもなったことで有名な名門ホテル・オールドカタラクト・・・の新館(笑)。でも歴史と風格のあるオールドと同じ敷地内に建てられ、ナイル川岸に作られた中庭も共有しており、雰囲気は味わえてなかなか素敵。到着すると、ここでもウェルカムドリンク、カルカデ(ハイビスカスティ)で歓迎。うん、んまい!

まだ部屋には入らず、とりあえず荷物を預け、ホテル敷地内の船着場へ。そこから再びモーターボートに乗って、絶景のナイル川を滑り、少し河上にあるヌビアン・レストランへ。ホテルから船でレストランって、ちょっとイイ気分です。

ボートからオールドカタラクト
▲ホテルからボートでレストランへ。ファルーカとオールドカタラクト。(アスワン)

ヌビアン・レストラン
▲ヌビアン・レストランに到着。(アスワン)

エジプト料理というと、エーシというナンのようなエジプト製パンにタヒーナというゴマのペーストやババガヌークというナスのペースト、ホムモスというヒヨコ豆のサラダなどをつけて食べるのが定番。大豆とかソラ豆とかアフリカらしく豆料理がいろいろあるようです。モロヘイヤスープはよく出たし、おいしかったです。あとは子羊や牛、チキン、ハトなどの肉料理、ナイルパーチ(スズキの一種)やイカなどシーフードのフライがメニューとしては多かった印象です。もちろん行く店などにもよるとは思いますけど。

エイシと美味しい仲間たち
▲エイシというパンと、前菜。モロヘイヤスープなど。(アスワン)

昼のお食事
▲コシャリ風に食べるライス&魚のトマト煮。(アスワン)

この日は、食事はヌビア風のエジプト料理。窓から見えるナイル川の景色も心地良いレストラン。印象的でおいしかったのは、トマトスープでナイルの魚を煮込んだものを、細めのパスタと混ぜた米にかけて食べるコシャリ風の料理。今回の旅行で一つ心残りなのはコシャリらしいコシャリを食べる機会がなかったこと。コシャリとはパスタやレンズ豆を混ぜた米にトマト系のソースをかけて食べるエジプシャン・ファーストフードとも言われる料理。店によってオニオンフライをのっけたり、パスタがマカロニだったりスパゲッティだったり、様々なバリエーションがあるようです。日本、東京でも数店だけど食べられる店があるようなので、近々是非行ってみたいと思っています。

レストラン1902
▲オールドカタラクトホテル、レストラン・1902。(アスワン)

お腹いっぱいでナイルの風に吹かれて、ホテルへ帰還。夕方までツアーは解散で、自由時間。せっかくなのでオールドカタラクトを見学に。さすが"ニュー"とは少し雰囲気が違って、歴史の重みのある格式高い雰囲気。木もふんだんに用い、ダークブラウン基調の内装が素晴らしいです。ロビーをぷらぷらしていると、10代後半くらいかという若いボーイが寄ってきました。レストラン「1902」に案内してくれるというので、是非にとお願い。なんだか中世の剣みたいなとても豪華なオブジェがある通路を通って、奥にあるレストランへ。天井に円形の吹き抜けと出窓のようなものがあって、ちょっとモスクのような素敵な雰囲気。食事するならジーンズ軽装でお邪魔するのはちょっと気が引けるレベルのレストラン。夕食準備中ということで、残念ながら客席に座ってお食事を頂くことは出来ませんでしたが、ゆっくり中を拝見して、空気は感じることが出来ました。案内してくれたボーイの青年は、親切で笑顔も屈託のなく、それでいて控えめな感じもあって、本当にイイ感じでした。さすが名門ホテル。チップも向こうからあからさまに要求する感じはありませんでしたが、感謝の気持ちから自然に渡したくなりました。ちなみに彼、一緒に案内して貰ったツアー仲間が、カメラ付き携帯で写真を撮っていることにとても興味を示して、僕に「あれはカメラですか?ケータイじゃないのですか?いくらぐらいしますか?」と聞いてきました。結構最新型だったので、「日本円で3万くらいするんだって。高いよね。僕も買えないよ」と言ったら、笑ってました(笑)。適当英語なのに通じたみたい(笑)。エジプトも既に携帯電話を持っている人は少なくないようですが、カメラ付きってのはあまりないのかもしれませんね。

ニューカタラクトのカフェ
▲ニューカタラクトのカフェ。ファルーカのオブジェが粋。(アスワン)

あと、宿泊しているニューカタラクトのカフェにも行きました。スクリーンでテレビが見れて、なんかヨーロッパ系の数人のグループがF1中継に熱中してました。僕らは中庭が見える窓際の席でお茶を。シャイ飲みたい!と思って、紅茶を注文したら、見事にリプトンのティーバッグが入ったカップが出てきました(苦笑)。11L.E.(約270円)なり。でも日中の中途半端な時間で客も少なくて、ゆっくりくつろげましたよ。

さぁ、夕方からはファルーカに乗って、スーク(市場)にも行くぞ!という予定だったのですが、ツアー集合時間を前にして、徐々に体調が悪化。昨日くらいから胃には違和感があったのですが、ついにお腹がギュルギュル痛み出します。きた、恐れていた事態がついにきてしまったみたい・・・。明日はザ・世界遺産のアブ・シンベル。用心をとって、ここは涙を呑んでホテルの部屋で療養という苦渋の決断・・・。この日の夜は、酷い下痢と腹痛。若干発熱もあり、とにかく疲れがどっと出た感じになってしまいます。

ちなみに、前日くらいからツアーメンバーの半分くらいがこんな調子で一部日程をキャンセルしてホテルで休養したり、ある中年の女性は医者を呼んで注射打つような事態にも。噂には聞いていましたが、本当にエジプト旅行は食あたり、水あたりが多いみたいです。加えて日本にはない暑さ、それをしのぐための早朝行動などのハードスケジュール、またピラミッドや遺跡でも歩き回るから案外疲れが貯まるんでしょうね。正直、エジプト旅行は結構体力勝負です。

ナイルビュー
▲部屋からのナイルビュー。ファルーカがたくさん停泊しています。(アスワン)

ナイルビューその2
▲右はエレファンティネ島のクヌム神殿。(アスワン)

ホテルの部屋から見えるナイルビューは、先日のルクソール以上の絶景。しばらく絶景を眺め、腹痛を散らして、あとはクスリ飲んでひたすらベッドで爆睡とトイレで格闘の繰り返し。僕はここで負けるわけにはいきません。完全にダウンしてしまわないように、気合入れて休みます!

▲それではナイルの景色を動画でどうぞ。ちなみに、ブログ右上にも小さめのビデオプレイヤーがあります。

2007.09.14

ルクソールへ。王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭殿。

3日目。朝5時過ぎ発の飛行機に乗るため、深夜2:00(!)起床。朝ポーターにバスまで運んでおいて貰うため、スーツケース出そうとしてカードキー部屋において廊下に出てしまう。真夜中裸足でフロアをボーイ探し歩いて、事情を話し開けて貰う。早速やっちんちん。恥ずかしい~!

カイロ国際空港は、国内線(および中東方面)中心の第1ターミナルから搭乗手続き。いざルクソールへ。1時間程度のフライト。空港の荷物チェックは厳しいと言われましたが、結局ペットボトルも持って乗れました。

世界の重要な遺跡の3分の2はここにあるとまで言われるルクソール。紀元前2040年から600年頃まで、かつてはテーベとよばれ数多くの神殿や墓が築かれ栄えた都。ホテルやメインストリート、神殿などの遺跡のある東岸から、ナイル川を挟んで西岸は死者の住まう所とされ、墓や葬祭殿の遺跡があります。

ルクソール橋
▲ルクソールの東岸、西岸を結ぶ橋。渡り口にはムバラク大統領の写真が・・・。(ルクソール)

メムノンの巨像
▲メムノンの巨像。でも本当はメムノンは関係なくて、アメンホテプ3世というファラオの座像だったりします。(ルクソール)

まずは西岸から観光。メムノンの巨像に立ち寄り、王家の谷へ。紀元前1500年~1100年頃、新王国時代に岩山を掘って作られた墓穴群。当時既に横行していた盗掘や破壊から逃れる意味もあり、このような隠れた場所に築かれたそうです。全部で63の墓が見つかっていて、そのうち十数か所が公開されています。僕らが入ったのは、ラムセス3世、ラムセス6世、メルエンプタハ、そしてツタンカーメン(トゥトアンクアムン)の4つ。ラムセス3世や6世の墓は、通路や玄室の線描画、壁画がとても美しく圧巻。びっしり書かれたヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)はいったい何を語っているのでしょう。王の在りし日の功績か、あの世の神々へのメッセージか。ちなみに、ヒエログリフは鳥や動物、植物などモデルがよく分かる絵のような文字ですが、基本的には発音を表していて、文字の組み合わせで意味を表現しています。そのため必ずしも絵そのものの意味を示しているとは限りません。漢字とかと同じですね。古代エジプトには、ヒエログリフの他に、その簡略書体のヒエラティック、さらに崩された民衆文字のデモティックの主に3つの文字が存在していたと言われています。ヒエログリフが生まれたのは紀元前3000年頃。日本ならまだ縄文とか弥生時代の話。驚くべき文化度ですよね。

王家の谷
▲王家の谷。(ルクソール)

ツタンカーメンの墓。入口。
▲K.V.62、ツタンカーメンの墓。入口。手前のオジサンは一応監視係。ノーカメラ。(ルクソール)

ツタンカーメンの墓は、結構狭くて小さかったです。未盗掘だったため大量の副葬品やミイラが発見されたということで有名なツタンカーメンですが、ファラオとしては短命、短期政権で、権力もそれほどではなかったようです。しかし、墓の玄室ではツタンカーメンのミイラが静かに棺の奥で眠っていました。美しい壁画と異国の観光客に見つめられ・・・。

結構ゆっくりと王家の谷を散策した後は、再びバスに乗り、王家の谷の岩山の反対側に位置するハトシェプスト女王葬祭殿へと向かいます。王家の谷もそうだったのですが、結構手前に駐車場があり、そこからはディズニーランドのような乗り物(カートを連結したようなトレインバス)に乗って遺跡前まで送迎してくれます。

ハトシェプスト女王葬祭殿
▲ハトシェプスト女王葬祭殿。中央手前がその乗り物。(ルクソール)

ハトシェプスト女王葬祭殿と言えば、ちょうど10年前のルクソール事件、63名が銃乱射とナイフで殺されたテロを思い出す人も少なくないでしょう。ちなみに、エジプトではそうした経験を踏まえ、現在では公共施設や観光地のそこかしこに自動小銃を携えた警官や軍人が多く警備しています。特に主要な観光スポットには、ツーリストポリスと呼ばれる警官が配備されていて、エリアに入場する際もIDチェックや荷物チェックを受けることも度々あります。いちいち面倒だったり、ちょっと物々しい雰囲気で緊張してしまうこともありますが、逆に安心でもあるわけで。観光に経済を大きく依存しているエジプトならではの施策と言えるかもしれません。それでもしばしば爆弾テロや襲撃事件は起こっていますから、テロの脅威は依然払拭されているとは言えないかもしれません。エジプトは中東に近く、イスラム教を国教としているにも関わらず、欧米からの観光客が多く、イスラエルと友好条約を結んでいるなどの理由も絡み、イラスム教原理主義系テロリストの標的になりやすいようです。

ハトシェプスト女王葬祭殿。中庭への門の前にて
▲ハトシェプスト女王葬祭殿。中庭への門の前にて。(ルクソール)

いけないいけない。深刻で暗い話題はさておき、ハトシェプスト女王葬祭殿。ドドーンと巨大な像が構えるような神殿とはまた違った、女王らしい美しさを持った建物。岩山とその前に広がる砂漠に溶け込み、緩やかにスロープが伸び、ステージが重なった3階建て。2階テラス部分にあたる第2テラスは広く、かつてはここで儀式や祭りが行われたのかもしれません。スロープを登ったところ、門の入口に並ぶハトシェプスト女王をかたちどった石像は、ファラオ独特のヒゲを付しているものの、その顔立ちや身体のラインは女性っぽい。当時ハトシェプストは男装して職務に当たっていたとか。紀元前1479年頃、いまから3500年近く前に、幼い息子に代わってエジプトを治めたという女王。先述の王家の谷で発見され身元不明だったミイラが、つい先日彼女のものと断定されたそうです。第2テラスやその脇の列柱室付近から眺める景色も最高でした。

昼メシに向かう前に、ツアーで連れて行かれたのはアラバスター(雪花石膏)細工の店。機械製はツルツルピカピカだけど、重い。一方の手製は曇りがかった独特の風合いだけど、薄く軽くて丈夫なのだとか。大きな花瓶から小さな灰皿や小物入れ、置物などいろいろありましたが、僕の日本の小さなお部屋には不釣合い。ジャスト・ルッキングで、ウィンドウショッピングさせて頂きました。

王家の谷へ向かう途中には、あの吉村作治の拠点にもなっているワセダハウスや、ツタンカーメンを発見、発掘したことで有名なハワード・カーターが居住したという家なんかもありました。そうそう、なんていう名前か忘れましたけど、かつての墓荒らし、盗賊たちが築いた村なんかも見えました。テレビ番組で言ってたけど、大昔彼らは遺跡の近くや上にそのまま家や村を築いたから、家が遺跡の穴に直結していたりして、いまも家の下に遺跡が眠っている可能性があるそうです。エジプトには、この他にもかつて墓荒らしで財を成した村や家があちこちにあるそうです。また、ガイドさん曰く、「そうした村は結構金持ちが多い。政治家とか偉くなった人も多い」(笑)とか!?

東岸、神殿巡りとステラビール

カルナック神殿。アムン大神殿
▲カルナック神殿。アムン大神殿。第1塔門前。(ルクソール)

カルナック神殿
▲カルナック神殿。大列柱室から。奥はトトメス1世のオベリスク。(ルクソール)

午後。東岸。カルナック神殿へ。気温が摂氏42度と上がり、身体に応えます。カルナックは大小幾つかの神殿が集合していて、その中でもエジプト最大規模の神殿の一つ、アムン大神殿に入場しました。

狛犬の如しスフィンクスが整然と並ぶ参道の向こうには、大きな塔門。門を入り中庭の先には、134本もあるという巨柱がひしめく大列柱室。見上げる大きく太い石柱が無数に並ぶ様は圧巻です。柱や壁などあらゆるところに刻まれたレリーフは、いくら見ていても飽きません。エジプトというとピラミッドや墓という印象が強かったのですが、一気に神殿の魅力を思い知らされました。

カルナック神殿。大列柱室
▲カルナック神殿。大列柱室。(ルクソール)

他にも、オベリスクや至聖室、上下エジプトの統一を表す2本の柱、一つの石から切り出したというスカラベ(フンコロガシ。古代エジプトでは幸せを運ぶと信じられていた)の像、聖なる池などなど面白いものがたくさん。広い敷地、荘厳かつ神秘的。いまでこそ赤茶けて崩れてしまっているものの、かつてはレリーフも多彩に着色され、さぞ華やかであったのでしょう。

そうそう、スカラベの像の周りを7周半回ると幸せになれるとか。本当か嘘か根拠は知りませんけど(笑)。回ってる方結構いらっしゃいました。

カルナックの後は、暑さが増してきたこともあり、いったんホテルへ帰り解散。今夜宿泊するのは、ソフィテル・ニューウィンター&パビロンパレス。隣のウィンターパレスの新館。入口前にはツーリストバザールがあって、キレイなお店が多く、いろいろ売ってますが、ガイド曰くだから信用が置けるというわけではないそうです(笑)。

ホテルの部屋から
▲ホテルの部屋から。ナイル川の眺め。向こうに見える神殿はルクソール神殿。(ルクソール)

ニューウィンター&パビロンパレス
▲ソフィテル・ニューウィンター&パビロンパレス

到着すると、ウェルカムドリンクとして、カルカデと呼ばれるハイビスカスティが振舞われました。これがおいしい!酸味が疲れた身体に染み渡り、生き返ります。お茶というより、ソフトドリンクのようです。部屋に入り、カーテンを開けると、ナイルビュー!川岸に停泊しているクルーズ船、川沿いに延びる道路、ホテルのすぐ隣にはルクソール神殿も見えて、なかなかのナイスビューでした。シャワー浴びて、1時間ちょっと仮眠。

ルクソール神殿
▲夜のルクソール神殿。ラムセス2世像とオベリスク。(ルクソール)

19:00前、再び集合して、ホテルの隣にあるルクソール神殿へ。なんと夜もライトアップしていて、入場も可能なのです。エジプトでは、結構いろいろな遺跡でライトアップを行っていて、ライト&サウンドショーなんてのを行っている場所もあるようです。

小ぶりのスフィンクスがずらっと並んだ参道を背に、第1塔門には、巨大なラムセス2世像とオベリスク。神殿全体がライトアップされていて、幻想的で神秘性がより一層強調されとてもキレイ。昼間バスの車中から見た雰囲気とはまた違った趣きがあります。ちなみに、ここのオベリスクは向かって左、東側に1本だけ。対に立っていた西側のもう1本は、あのパリのコンコルド広場にあるオベリスクだそうです。フランス人よ、よう持って行ったなぁ~・・・。昼間に行ったカルナックと比べれば、それほど広い敷地ではありませんが、奥には後の時代にコプト教(エジプトを中心に発展したキリスト教系の一派。古代エジプト語の影響が残る言葉を典礼で使用する)の教会として使われた間や、アレキサンドロス大王の間などもあります。ちなみに、僕らのツアーのエジプト人現地ガイドは、コプト教徒で「ラマダーンでも関係なく、お昼ご飯食べます!」と言っていました(笑)。エジプトでは1割にも満たない少数派で、かつてはイスラム教徒より多く税金が掛けられるなどいろいろ迫害も受けてきたそうです。

ルクソール神殿
▲ライトアップされたルクソール神殿。ラムセス2世の中庭。(ルクソール)

夜は半袖では少し冷えるくらい涼しくなりました。ルクソール神殿を散策した後は、夕食へ。行ったお店はニュー・サンライズという老舗のエジプト料理店。なんかお土産屋とかの雑居ビルの2階にあります。バスから降りて、少し商店街みたいな道を歩いたのですが、急にイスラムの礼拝(サラート)が始まって、横道にモスクに向かって大勢の人が一斉に祈りを捧げ身体を伏せる光景に出くわしました。日本人にとっては非日常的で不思議な風景。彼らにとってはとても日常的なのでしょうけど。

レストランはビュッフェスタイルでした。カバブ・ハーラという羊肉を煮込んだシチューが、肉が柔らかくよく煮込まれててとてもおいしかったです。あと、デザートでよく出るお米のプディングやバスブーサというハチミツカステラ(?)のようなスイーツも結構好きです。めっさ甘いですけど(笑)。

ステラビール
▲ステラビール。エジプト製のビールです。(ニュー・サンライズ)

また、ここでやっとエジプト製ビア、ステラ・ビールを初めて飲みました。20L.E.くらいだったかな!?2口、3口目になるとほどよい苦味も感じてきて、意外と(?)なかなか美味しかったです。エジプトは禁酒のイスラム教徒が多い国で、且つラマダーンの期間ではありましたが、観光客向けにはお酒を出すレストランも結構ります。昼のレストランはマスターが敬虔なイスラム教徒とかで、お酒は出していませんでしたけど。わりとその辺は中東諸国と比べれば緩いというか、自由なほうかもしれませんね。

満腹。満腹。(しかしこの食い過ぎも影響してか翌日から大変なことに・・・)

ホテルの部屋からナイル川の夜景
▲ホテルの部屋からナイル川の夜景。(ルクソール)

2007.09.13

ギザの3大ピラミッドとスフィンクス

2日目。9月13日。午後。ギザへ。ギザはカイロからバスで約40~50分の街。再び車窓に見えてくるピラミッド。大きい。クフ王のピラミッド。しばらくするともう2つのピラミッドも見えてくる。ついに来ちゃいました。これが俗に言う3大ピラミッドです。4500年前、古王国時代に強大な権力と労力によって築かれた巨大建造物。墓なのか、葬祭記念塔なのか。その意味も、建築法も諸説あり、いまだ全て明確に解き明かされてはいません。

クフ王のピラミッド
▲クフ王のピラミッド。(ギザ)

クフ王のピラミッド。高さ146m。現存最大のピラミッド。近くで見上げると本当にデカい。積み上げられた石の一つ一つもデカい。建造当初は表面が化粧岩で覆われて整えられていたらしい。強い日光をキラキラ反射しどんなに美しかったことでしょう。しかし現代もその威厳と存在感は充分。子供の頃、百科事典やミステリー本で食い入るように見たピラミッドが目前に聳え立つ。その感動にしばし浸ります。

さすがたくさんの観光客。もう少し涼しくなるともっと混むらしい。盗掘や発掘のために開けられた幾つかの穴。そのうちの一つから内部に入れます。但し一日限定300人とされていて、朝7時とかから並ぶ人もいるらしく、遅く来ると入れないことも多々あるとか。ツアーでほぼ確約されていたのでこの辺は安心でよかったです。でも、大勢の人が入っていたし、300人以上入れてるんじゃないかって気もしましたけど、どうなんでしょうか!?

クフ王のピラミッド6
▲クフ王のピラミッド、登り口。(ギザ)

午前の赤ピラミッドよりは広く幅もあるものの、クフ王ピラミッドの内部も暗く急な階段。空気も悪いし、閉所恐怖症の人や体力に自身がない人は、こちらも辛いでしょう。回廊やトンネルはやはり心なしか赤ピラミッド以上に立派。玄室には石棺が置かれていますが中身はなく、壁画や装飾もあまり見受けられません。ただ、トンネル途中などよ~く壁や天井を見てみると稀に古代エジプトの壁画やピラミッドテキストらしき跡が見つかります。僕は見つけましたよ。

クフ王ピラミッドを出た後は、カフラー王のピラミッド横を通り、さらに少し小高く丘のようになったパノラマポイントと呼ばれる3大ピラミッドを一望できる地点へ。左から、クフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドが並んで見えます。気持ちいい~!!暑いけど、風があって、それより何より壮大な眺めが気持ちいい。周りは地平線まで砂漠。ピラミッドの向こうにはギザの街並みが見えます。絶景でした。

ギザの3大ピラミッド
▲ギザの3大ピラミッド。左からクフ、カフラー、メンカウラー王のピラミッド。(ギザ)

午後になり気温も上がってくる中(でもこの日は36度くらいだったと思う)、本日最後のツアー観光ポイント、スフィンクスへ。

カフラー王のピラミッドまで続く参道の入口に造られた人面獣身の巨像。顔はそのカフラー王に似せたとも言われていますが、ご存知の通り、現在は鼻周辺から崩れてしまっており(破壊されたとされる)、またアゴヒゲはなぜかイギリスの大英博物館にあります。その他のピラミッドや遺跡の金銀財宝、ミイラもそうですが、本当に欧州の来訪者、侵略者たちはとんだ略奪や破壊をしてくれたものです。ナポレオン帯同調査隊のエジプト誌やロゼッタストーンの発見など功績もありますが、二度と帰らぬ数多く失われたファラオたちの副葬品やミイラのことを想うと何ともいたたまれない気持ちになります。ま、エジプト人たち自身も数世紀の間砂に埋もれた無数の遺跡に対する認識も甘かったわけではありますが。

スフィンクス
▲スフィンクス。背景はカフラー王のピラミッド。(ギザ)

スフィンクス。意外と小さいと聞いていたのですが、なかなかどうして立派ではないですか。それでいてどこか愛嬌もあるし。僕は好きですね~。時間があったので、参道脇にしばし腰掛けて横顔を眺めていました。スフィンクスがふとこっち向いて、朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足の動物、それな~んだ?みたいな、なぞなぞを出してくれたりすれば尚嬉しかったのだけど(笑)。

ボーッとしていると、物売りらしき人間から「ニーハオ!」と声掛けられる。無視。雰囲気壊すな~。誰がゼンジー北京やねん。現実へと引き戻され、帰りの集合時間が近づく駐車場のツアーバスへと向かいました。

スフィンクス
▲スフィンクスの横顔。カフラー王のピラミッドへと続く参道から。(ギザ)

う~ん、一応書いておくか。トリビアの泉以来有名なあの話。やっぱりスフィンクスは、ケンタッキーフライドチキンとピザハットの店舗を見つめていました。かなり離れた先ですけど。でも、4500年の時を越えて・・・なんだか不思議ですよね。

ちなみにエジプトには、マクドナルドやケンタッキーはところどころで見ましたが、コンビニはなかったです。ラマダーンの時期は深夜や夜明け前も起きてる人多いし、儲かりそうな気もするのですが、物価が安いエジプトでは、まだコンビニスタイルを運営するにはやはりコストが合わないのかなぁ。個人商店も結構夜中でも開いてるみたいですし、それで充分なのかも。ちょっと気付いた点でした。

赤のピラミッド、階段ピラミッド

2日目。9月13日。6:00起床。エジプトで迎える初めての朝。ビッフェスタイルの朝食を早々に済ませ、やっぱりエジプトといえばピラミッド!というわけで、ピラミッドツアーのスタート。まずはカイロからバスで1時間ほどのところにあるダハシュールへ。バスはナイル川からひかれる運河沿いの道を走り向かう。車窓には、広大なナツメヤシ畑が通り過ぎていきます。ナツメヤシはそのままや干して食べられ、庶民の食品として重宝されています。酒や酢、家畜の餌まであらゆるものに利用されているとか。

ナツメヤシや民家の向こうにピラミッドの頭角が見えてくる。まるで山。さらに近づくと建物はなくなり、砂漠地帯に。その波打つ砂の彼方に、姿が露になってくるピラミッド。人生最初の訪問ピラミッドは、赤のピラミッドです。裾野が広い感じ、傾斜がなだらかで美しい。いまから約4600年前、紀元前2600年頃の古王国時代、スネフェル王によって築かれたとされます。いわゆる三角形のピラミッドとしては最古のもの。赤のピラミッドの位置からも見えた屈折ピラミッドや、この後訪れる階段ピラミッドなどの試行錯誤を経て、この三角形のピラミッドに到達したとか。ただ適当に石を積んだら出来たわけじゃないのです。

屈折ピラミッドと真正ピラミッド
▲砂漠の向こうに見える右は屈折ピラミッド、左遠くは真正ピラミッド。 (ダハシュールから)

赤のピラミッド
▲赤のピラミッド。(ダハシュール)

赤のピラミッド。高さ105mなのですが、観光用の入口は結~構上のほうにあります。入口まで急な斜面の階段や足場を昇っていきます。はぁはぁ。入口を入ると、そこから天井が低く細く薄暗い急階段通路が今度は中央の玄室に向かって下へ延々と伸びています。イッツ・ア・アドベンチャー。あまりに狭くて時々石の天井に頭を打つ。あイタタ。奥に行くと何ともいえない匂いもあり息苦しい。やっとこさ辿り着いた玄室は意外と狭く壁画なども特に見当たらない、思いのほかシンプルなものでした。慣れない姿勢で急階段を昇り降り。見事いきなり筋肉痛(苦笑)。筋肉痛は3日後くらいまで尾を引きました。これを観光客の間では「赤のピラミッド痛」と言うらしいです(笑)。

赤のピラミッド登り口
▲赤のピラミッド、登り口。(ダハシュール)

初ピラミッドにニヤつき、膝も笑うなか、再びバスに乗り込みすぐ近くのメンフィスへ。横たわるアラバスター(雪花石膏)のラムセス2世像。像の周りは保存のため、建物で覆われています。太古の物とは思えないほど、精巧で柔らかな造り。手には印鑑のようなものを持っています。また、像の建物の傍には、同じくアラバスター製の小ぶりなスフィンクスも。ギザのスフィンクスでは崩れてしまっている顔の部分もキレイに残っていました。

ラムセスII世像
▲アラバスター(雪花石膏)製のラムセス2世像。(メンフィス)

続いて向かったのは、やはりすぐ近くのサッカラ。ジョゼル王のピラミッドコンプレックス。階段ピラミッドを中心に、柱廊や祭殿があります。天への階段として造られた、まだ三角形ではない初期のピラミッド。階段ピラミッド自体の痛みは激しいですが、それがまた格別の雰囲気を醸し出しています。また周辺のコンプレックスの建物も、かなり古い時代のわりにはいろいろ残っていて、興味深いです。

階段ピラミッド
▲ジョゼル王のピラミッドコンプレックス。階段ピラミッド。(サッカラ)

しかし、有名な観光地は土産物売り、押し売りがたくさん。「One dollar!」「ゼンブデセンエン」といったものから、「コニチワ!」「サラバジャ!」、果ては「ヤマモトヤ~マ~」(なんで?)なんて掛け声まで。でも民芸品みたいな置物は1$でもいらないし、パピルスや香水びん、スカーフ、ヴェールなどいろいろありますが、偽物、粗悪品も多いみたい。興味ないお土産売りは華麗に交わしていく僕ですが、困るのは「Friend!」とか言って腕掴んだり、商品を押し付けてくるしつこい輩。逃げようとしたら、一度耳たぶを掴まれたりまでしました(汗)。こっちも最初はニコニコしてたりするから、つい舐められちゃんですよね・・・。痛いのでガッと睨み付けたら、スススッと後ろ足で逃げていきましたけど。サラバジャ!

2007.09.12

しばしミスルの旅へ

本日明けて成田を出発。エジプトへ行ってきます。
いろいろ目に心に焼き付けてきます。
しばらく更新できませんが、帰ってきたらまた旅行記書かせて頂きます!

エジプト航空で、一路カイロへ

1日目。9月12日。15:30成田発のエジプト航空機直行便で、一路カイロへ。

エジプト航空機では、出発時のアナウンス映像がちょっと興味深い。まず最初に必ずモスクの画像を背景に、いつも同じ何やら宗教的な説教のようなものが流れます。コーランの一節なのでしょうか。また、その後の非常時対応の説明も印象的。救命胴衣や酸素マスクの説明、日本ではキレイなキャビンアテンダントがデモンストレーションしたりしますが、エジプト航空ではCGアニメで何とも言えない(?)太ったヒゲのアラブ男性キャラが出てくるのです。成田からなかなかイスラムテイストを醸し出していて、いやがおうにも気分を盛り上げてくれます。

機内から夕陽を眺め
▲ヒマラヤ上空と思われる。夕陽。(往路・機内から)

約14時間30分のフライト。期待からかそれほど長くは感じませんでした。半分くらいは寝てましたし。6~7時間乗った辺りだったかな、ふと窓の外を覗くと、ヒマラヤと思われし雄大な山脈と夕暮れが見えました。しばしうっとり。

到着の数時間前から「スパイダーマン3」の上映が日本語音声もあったので、未見だったこともあり結構じっくり鑑賞。そうこうしていると、地中海側からグルリと回り込む感じでカイロ上空へ。カイロは東京からマイナス7時間の時差で、現地時間9月12日の23:00前着。道路が蜘蛛の巣のように街を這っていて、夜景がとってもキレイでした。

カイロの夜景
▲カイロの夜景。(カイロ上空・機内から)

カイロ国際空港でトイレに立ち寄ると、洗面台付近にモップ持ってティッシュペーパー持った掃除係風装いの青年がスタンバイ。手を洗い終わると、不敵な笑みで無理矢理ティッシュをちぎって押し付けてきます。・・・チップ?ハンカチとか持ってるし、ティッシュいらんのだけどなぁ・・・と思いつつも、そういうもんかなと思ってサイフを見ると「そうだ、まだエジプシャン・ポンド(L.E.)両替してなかった」。でも出口塞がれてるし、僕の前に出た男二人はチップ渡すしで、振り切る勇気もなかったので$1も渡してしまいました。正直あげ過ぎ。っていうか、後で聞いたら空港のトイレは基本的にノーチップで、あげないでもよかったらしい。あの坊主め・・・ヘンに味を占めなければいいのだけれど・・・。

チップやら値段交渉が大変だというエジプトの洗礼をちょっと受けて、待っていたツアーバスに飛び乗る。今日からカイロには2泊。ホテルは、ル・メリディアン・ピラミッド。シャワー浴びて、なんやかんやして、やっと眠りについたのは深夜2時過ぎ。窓の外の通りの鳴り止まないクラクションも、エジプト初めての夜ではほどよいBGMといった感じ・・・いやでもやっぱちょっと煩い。でも、疲れもあってか、ベッド入ったらどうにかすぐに眠れました。

さぁ、いよいよ来たよミスルことエジプト・アラブ共和国。明日から観光しまくります。

ルメリディアンピラミッド
▲宿泊したデラックススタンダードルーム。(ル・メリディアン・ピラミッド)

2007.09.08

アンジェラ・アキ、ニューアルバム先行試聴会in六本木

ラフォーレミュージアム六本木

残暑の今日午後は六本木のラフォーレミュージアムへ(意外と分かり難い場所にあってちょっと迷いました(汗))。目的は、19日リリースのアンジェラ・アキ ニューアルバム『TODAY』の先行試聴会。ファンクラブ初の限定イベント。

昨今のシングルリリース連発もあって、最近のアンジェラには実は正直ちょっと食傷気味な感もあったのですが、改めてイベントに参加して、ニューアルバムの一端を聴いて、そんな思いは吹っ飛びました。タイトル曲「TODAY」の"トゥトゥトゥトゥトゥトゥ"TODAY~♪には思わずちょっと笑ってしまいましたが、「愛のうた」や「モラルの葬式」、「Surrender」など収録曲の数々は、歌詞も音作り的にも深く、新鮮で鳥肌が立ちました。世間的にもあまりにピアノやバラードのイメージが強くなってきている気がしますが、やはり彼女、それだけ、そんなもんでは断じてありません。恋愛や友情観には共感すべき点が多いし、哲学的なまでの歌詞の楽曲もあり、前作でも一端を見せてはいたものの改めて懐の深さを感じました。「モラルの葬式」は、プログレ魂さえ感じるハード且つ幻想的で荘厳で不思議な曲。一部フレーズが「宇宙」っぽいなぁと思ったら、やはり世界観を継いだ一作らしい。タイトルだけ聞いたときは単にモラル喪失を憂う楽曲なのかと思いましたが、寓話的要素も含むなどもっと深い作品でした。敬服。

生演奏もありました。序盤のメドレーは、小手調べ程度な尺でしたが、ラストの新曲「One Melody」と「This Love」はさすが圧巻でした。「This Love」は「Home」とどちらを聴きたいかリアルタイムで観客に挙手して貰って決定。意外「This Love」の圧倒的多数に、アンジェラも「「Home」不人気ですが、これからも歌っていきます!(笑)」と少々複雑なご様子。不人気なんてそんなことないですよ~!僕も「This Love」に挙手しましたけど(汗)。「This Love」は、ちょっとテンポ早めだったけど、何度聴いてもクライマックスの転調は泣きそうになります・・・。「One Melody」は、オーソドックスでメジャーなバラードですが、「本当の愛なら、愛する人を自由にした方がいい」「あなたがいなくても私は生きていける。でも、あなたのとなりで生きていたい」という、依存と尊敬の違いとか、True Loveとは何かを問うた一曲。僕個人的にも悩み考えてきた思想と重なる部分があり、かなり引き込まれました。ただ理想や頭で考えても、なかなか現実の恋愛でそれを実現できないんですけどね・・・。

相変わらず気さくだし、ファンにも真摯で感謝の気持ち、態度を忘れないし、アンジーの人柄も伝わるイベントでした。ライブにありがちな無理にノリを強要される様な場面もなく、会場の場所柄も相まって(?)、落ち着いた雰囲気でしたし。握手とか写真撮影とかもっと接近できる内容かとも期待しましたが、既に人気アーティストですし、無難で良いイベントだったのではと思います。

入場券とイベントパンフレット

少し涼しくなった夕暮れ、ホテルオークラを眺め駅に向かいながら、無性に早くニューアルバムを聴きたくなりました。今回は正直なかなかワクワク感が湧き上がってこなかったのですが、ここに来て断然ニューアルバムへの期待が高まった一日でした。

TODAY

アンジェラ・アキ
Official Fan Club My Home
SPECIAL EVENT 001
New Album会員限定先行試聴会
2007年9月8日(土) ラフォーレミュージアム六本木
(2回目 15:30~)

生演奏 -
01. サクラ色~たしかに(メドレー)
アルバム試聴 -
02. TODAY
03. 愛のうた
04. モラルの葬式
質問コーナー -
映像上映 -
05. Surrender
06. Again
生演奏 -
07. One Melody
08. This Love

2007.09.04

ハリウッド実写版エヴァンゲリオン

昨今、アニメ再構築版ヱヴァンゲリヲンが話題になっている"エヴァ"ですが、表題のハリウッド版はどうなったんですかね~!?やっぱポシャったのかなぁ。コンセプトアートらしきものは一部公開されているのですが、アスカらしき女性が・・・キモチワルイ・・・(笑)。

でもちょっと見てみたい気も(笑)。再現度云々とかは忘れて、洒落で新作くらいの気持ちで見れば案外楽しめるかもしれませんね。

やっぱポシャったのかなぁ・・・!?

▼衝撃のアスカはこちら
http://features.cgsociety.org/story.php?story_id=1901
▼一応GAINAXも正式にアナウンスしていたりします。
http://www.gainax.co.jp/anime/eva/hollywood.html

2007.09.01

甥っ子 in リトルブラジル!?

ひっさびさにクルマを運転。東北自動車道に乗って、群馬県邑楽郡(邑楽町)へ。途中蓮田SAに寄りました。それほど大きなSAではありませんでしたが、それでも最近は様々なテナントとか入っていて、飲茶や雪花氷(シェホァピン・台湾発祥のカキ氷風ミルク氷菓子)を売ってるお店なんかがありました。

妹が第一子を出産したので、そのお祝い&甥っ子と初対面に。ちょっと不思議な感覚だったけど、小さくて元気な男の子で本当に可愛かった。やっぱ赤ん坊は可愛いですね。妹もよく頑張った。めでたい限り。環境やエネルギーといった地球規模の問題しかり、日本も人口減少など、これからいろいろ厳しい時代でもあるかもしれないけど、逞しく育って欲しいなと願っています。

しかし、僕もついに伯父、正真正銘の"オジさん"。嬉しいような哀しいような。っていうか、まずは自身が落ち着くのがまず先か・・・。ま、こればっかりは相手がないと話にならないから困ったもんですね(泣)。結婚願望というのはそれほどないのですが、やっぱ子供とか家族っていいなとは改めて感じました。兄妹の子にちょっと会うだけなら可愛いばかりの子供も、親として育てていくとなると想像以上に大変なのでしょうけど、ね。

しかし邑楽郡(特に大泉町)って、本当に日系のブラジル人(やペルー人)が多いのですね。ポルトガル語で看板を出している店などもあって、ブラジル人向けのスーパーとかあるらしいです。大泉町の三洋や富士重工系の工場等で積極的に雇用しているらしいです。ウチの近所、東京都荒川区は在日韓国人、韓国系日本人が多いですし、兄妹揃ってある意味ちょっとグローバルな土地に縁がある!?(笑)ま、先述したように日本は人口減少で労働力も減少していくだろうし、やっぱりこうした流れは今後より一層強まるのでしょうか。

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