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2004.08.06

'92年のアジアカップは広島でした

1992年、サッカーのアジアカップは日本の広島で開催されました。(日本は1次リーグでは北朝鮮と、準決勝では中国と戦い、決勝ではサウジを下し優勝しました。)

今日は、59回目の広島原爆忌。1945年8月6日、たった一つの爆弾で一瞬にして広島の街は焼け野原と化し、約14万人の命が奪われました(翌年以降の放射能後遺症などによる死亡者を除く)。

一方、今年2004年のアジアカップ開催国は中国。

1次リーグ戦などが行なわれた重慶では、1938年から1943年の実に5年に渡って218回もの日本軍による爆撃が行なわれ、約1万2000人が死亡したとされています。

開催中のアジアカップでは、中国人観客のスポーツ応援の域を越えた反日的行動が問題となっています。「歴史を直視しろ」と横断幕を抱える彼ら自らが、中国政府から公平かつ充分な教育も情報も与えられていないことは先日ここで書きました。

それを差し引いてみても、スポーツの祭典において、政治的な意図や暴言、暴力で、他国を侮辱し威圧し非難しても、一時的なストレス解消以外には自分たちにとって何のためにもならないことに気付いて欲しいものです。

「日本が中国にしてきたことを考えれば、これくらい当然のことだ」。そのように吐き捨てる一部の中国人の映像を見て、僕には報復の戦争を繰り返しているアメリカやイスラエル、そしてテロリストたちと共通する怖さを感じました。しかも中国のそれの根底にあるのは60年以上前の戦争を主とするもの。戦後は、日中友好条約も結び(少なくとも表向きは)平和かつ友好的に関係を進めてきたはず。確かに実際には、領土問題や靖国問題などが未だあるのは事実ですが、だからといってそれをスポーツの場に持ち込むというのは常軌を逸していると考えます。彼らが「小国日本」と蔑む敗戦国に、そんなところで今更罵声を浴びせたところでいったい何になるというでしょう。

悲惨な過去を繰り返して欲しくない、真摯にそう願うのであれば、過去や様々な問題を乗り越え、このアジアカップを平和で友好的に成功させることこそに意味があるのではないでしょうか。

少なくとも日本は、今から40年前開催された東京オリンピックにおいて、その19年前に原爆で(長崎も合わせると)約20万人を無差別に殺戮したアメリカに対して競技と関係のないブーイングなどしたことはなかったと思います。確かに、敗戦国ですから少し事情は違います。また、それはGHQの洗脳にはまったからだ、日本人が忘れっぽいからだ、そういう人もいます。しかし、僕は必ずしもそれだけではないと思います。日本そして世界が平和でありたいと強く願っていたと信じます。

テレビや関連書籍を見ていても、重慶爆撃を語る中国人は日本への憎しみや恨みばかりを語りますが、原爆を語る広島の人々はアメリカや連合国のことよりも原爆そのものの恐ろしさ、戦争の愚かさを訴えている印象が強いです。あくまで個人的な印象ではありますが、そうした違いは意外と大きいと思います。

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